3-10

 そして――出てきたのだわ。それを見つけたのはあたし。


 ジョンの言うとおり、化石はほぼ全身が残っていた。それはワニというよりも、魚のようにも見えた。何人かの専門家が化石を見たが、誰もこんなものは今までに見たことがないと言った。魚のように見えるけど……でも爬虫類の特徴もあるのよ、とジェーンはアニーに言った。


 全長は5メートルほど。ともかく巨大な化石だった! ベイカー家の人間だけでは取り出すことができないので、人を雇い足場を組んで、大々的に発掘に取りかかった。楽しかったな、とアニーは思った。


 お祭りみたいだった。ようやく全身を取り出したとき、海岸は歓声でわきたったのだった。


 ふいに、店の扉が開いた。明るい戸外から誰かが入ってくる。シリルだった。


「アニー、お別れを言いにきたんだよ」


 シリルはアニーに言った。アニーは驚きはしなかった。


「休暇が終わるのね」

「そう。学校に帰らなくちゃ。だからしばらく……お別れ」


 シリルはアニーのほうへ近づいて、言った。


「でも僕の家はこの町にあるからね、また帰ってくるよ」

「ええ」

「それで……僕と入れ代わりにいとこたちが来る」

「いとこ?」


 シリルのいとこの話は初耳だ。シリルはアニーに言った。


「うん、僕らと同じくらいの歳のね、女の子二人」

「ひょっとして……その人たち、前にもここに来たことがない?」

「ああ、あるよ。いとこたちのこと、知ってるの?」


「いえ……」アニーは以前、シリルが二人の女の子と一緒にいる光景を見たことを思い出した。たぶん、あの二人がそうなのだわ。「でも見たことあるの。あなたがどこかのお嬢さんたちと一緒にいたところを。あれはいとこだったのね」


「きっとそうだよ。声をかけてくれればよかったのに」

「えっと……気後れしてしまったの。きれいなお嬢さんたちだから」


 これは嘘ではなかった。アニーの言葉にシリルは笑った。


「それ、いとこたちに行ったら喜ぶよ。でも気後れなんてすることないよ。気さくないいやつたちだから。君のことを話したらね、君のお店にぜひ行ってみたいって言ってた。だから、もし来たら相手をしてやって。おしゃべりでちょっとうんざりするかもしれないけど……」

「おしゃべりなら、あなたでなれてる」


 アニーはほほえんだ。シリルがやや不満そうな顔をした。


「僕っておしゃべりかな」

「おしゃべりよ。でも――あたし、あなたのおしゃべり……」


 好きだわ、と言おうとして言葉が止まった。その代わりに、別のことをあわてて口にした。


「そんなに嫌いじゃない」


 最初に言おうとしたことと、あまり違いはないけれど、はっきり「好きだ」というよりはまだマシだと思った。マシって、何なんだろう、とアニーは思った。変なの。あたし、変なことを考えてる。


「楽しい休暇だったよ」


 シリルが、店の棚を見回しながら言った。「特に、あの大きな化石――ドラゴンを掘り出したとき」


「ドラゴンじゃないわよ。それにあんなことはめったにない。あたしも今まで経験したことがない。あれは大発見よ。くじで大当りを引いたようなものなの。あたしたちの暮らしは――いつももっと地味だわ」

「うん、わかってるけど――」


 シリルはカウンターにさらに近づき、身を乗り出すようにして、アニーを正面から見すえた。アニーは少しドキリとした。


「僕はね、化石や地質学のことをもっと知りたいと思ったんだ。将来は――そういった方面の研究をしたい」

「よいと思うわ。――あたしは……」


 前にベッキーたちと話したことがある。将来について。ベッキーもサラも自分の将来を決めている。あたしは――あたしは何がしたいの?


 シリルは研究者になりたいって言った。あたしは――。


「あたしは、ずっとここにいようと思うの。あたしはここで貝を売るの」


 シリルを見てきっぱりと、アニーは言った。シリルがくすりと笑った。


「そういう歌があるね。彼女は浜辺で貝を売る、だっけ」

「そうよ、あたしは貝を、貝や化石を売るの。ずっと、ここで……この店で」


 アニーはいとおしそうに店内を見回した。ここには素敵なものがたくさんある。あたしと、あたしの家族が集めたお宝。そうだわ、サラがあたしのことをドラゴンみたい、って言ってた。あたしはドラゴンよ。


 小さな巣の中で、大好きなお宝の上に座って、ごきげんに暮らすドラゴンよ。


「研究って材料がいるでしょう?」シリルの顔に視線を戻し、アニーは言った。「ここにはあなたの役に立つものがあるかもしれない。あたしがそれを――あなたに提供できるかもしれない。あっ! もちろん、ただというわけにはいかないわよ」


「わかってるよ」


 シリルは笑った。アニーも笑い、二人の目があった。そして二人とも黙った。何も言わなくても、心が通じているみたい、とアニーは思った。でもどうなのかしら、シリルもそう思っているのかしら。そうだったら……いいけど……。


「僕はもう行かなきゃ」


 シリルが言った。カウンターから身を離し、アニーに言った。そしてまるで念を押すかのように付け加えた。


「さよなら、アニー」

「さよなら」


 シリルは背を向け、アニーから遠ざかり、明るい戸外へと出ていった。

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昏い海のドラゴンたち 原ねずみ @nezumihara

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