3-9
「女である私は、学者になることはできません」早口に、エリザベスは言った。「地質学者の妻になることはできるでしょう。でも、私は――私は――」
再び目を伏せ、エリザベスは言った。
「私の知識を、あの人が吸い取っていくんです。あの人に吸い取られて、私はからっぽになっていくみたい。あの人が私の代わりに、私が欲しかった位置にいて、そして私は――」
「あなたはからっぽになりませんよ。知識って、そういうものじゃないでしょう?」
きっぱりとジェーンが言った。エリザベスはぎこちなく笑った。
「ええ、ええ、そうですね。私はきっと――欲張りなんです」
私は嫉妬しているの? とエリザベスは思った。私は私の婚約者に嫉妬している。なぜなら、彼が、私がなりたいものになってしまうから。私の欲しいものを手にしてしまうから。――私の欲しいものって……何?
「ねえ、エリザベスさん」
優しい、ジェーンの声がした。エリザベスが目を上げると、ジェーンが困ったようにほほえんでいた。
「私はね、今まで一度も結婚したことないの。だから結婚の問題はね、正直よくわからないのよ」
「あ、あの……」エリザベスはたちまちばつが悪くなった。ジェーンの前でこのようなことを話すのはよろしくなかったかもしれない。けれどもジェーンが独身であるか既婚であるか、さっぱり頭になかった。「すみません、ジェーンさん、私はそんな……」
「残念なことに、あなたにアドバイスできることってないわ。これから山を登ろうとする人に、まったく山に登ったことがない人が何が言えるでしょう」
ジェーンはせつなそうな笑顔を見せた。エリザベスはますます居心地が悪くなり、消え入りそうな気持ちになった。
「あの、……本当に……」
「でもね、長く生きていると、世の中はいろいろ変わっていくのだということを知っていますよ」
明るい声で、ジェーンは言った。そしていたずらっ子のような目でエリザベスを見つめた。
「ほら、アニーのことを考えて」
「アニーを?」
「私、あの子にはまったく感心することがあるんですよ。驚くこともいっぱい。あの子は賢くて、勇敢で、若くて、ほら、未来は若者が作っていくものでしょう? 未来のことを考えるとき、私はアニーのことを考えるの」
ジェーンの表情は晴々としており、幸福そうだった。エリザベスもまたアニーのことを考えた。賢くて勇敢な少女。
ジェーンは話を続けた。
「アニーは物おじをしないんですよ。うちにくる、有名な学者の方々にも堂々とぶつかっていきます。ねえ、エリザベスさん、アニーは……アニーは遠いでしょう? 家が貧しく、女性であるということは、学問の世界からはうんと遠い……」
たしかにそうだ、とエリザベスは思った。私よりも――うんと遠い。私の家にはお金があったから、勉強を続けることができた。でもアニーは……家族と我が身を養わなければならないから、学校をやめなければならなかった。
「けどね、エリザベスさん」ジェーンの話は続いてた。「私は思うんです、アニーを見てると。いつか変わるんじゃないか、って。いつか……アニーも立派な学者となって、たくさんの男性たちと肩を並べるんじゃないか、って。それは明日とかあさってとか、すぐにというわけにはいかないでしょうけど……」
「ええ、ええ、ジェーンさん。私もそう思います」
アニーの姿がエリザベスの心に浮かび上がってきた。少し生意気そうなその表情。そのアニーが大きくなって、立派な風采の学者たちに囲まれて、化石を前に様々な意見を交わしている――。
「お姉さん、お姉さん! あら、エリザベスさんも。いらっしゃい」
そこに、マリアが騒がしく入ってきた。どうやら興奮しているようだ。マリアはエリザベスに会釈をすると、ジェーンに嬉しそうに言った。
「ニュースよ! 町はちょっとした騒ぎになってるの! アニーが……アニーが、ドラゴンを発見したのよ!」
――――
アニーはベイカー化石店にいた。カウンターの内側に座って、狭くて薄暗い店内を見回した。
アニーは幸せだった。崖から姿を現した「あれ」、大きな何かの生き物の化石が高値で売れたのだ。もっとも、化石を取り出すにはたくさんの人を雇わなければならず、彼らに報酬を支払わなければならなかった。残った金額は、ベイカー家の貧しさを劇的に改善させるほどではなかった。けれども、まとまった十分な、十分すぎるお金だ。
ジョンが「あれ」を見つけたのは、数ヶ月ほど前のことだった。崖から何かの化石が一部、姿を見せているとアニーとマギーに報告したのだ。
「たぶん、大きなワニだと思うけど」ジョンは言った。「骨はどこまでも続いているように見える……。これはかなりよい状態でひょっとすると全身が保存されてるんじゃないかな。しかも大きい。きっと、よい値段で売れるぞ」
けれどもジョンが言うには、化石を掘り出すのは、もう少し周りの地面が崩れてからのほうがいいとのことだった。ジョンは土をかぶせて化石を隠した。そして待っていたのだ。雨や風や波が崖を削り、「あれ」がさらに表に出てくる日を。
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