3-8
アニーは目的の地点までたどりつき、足を止めた。そして崖を見上げた。たちまち、アニーの顔がほころんだ。
ね、やっぱり。あったわ。
崖の一部が崩れ、そこから化石が一部姿を現していた。それは大きなものだった。頭が見える。長くとがった口先。大きな目。その目は頭の大きさに対してひどく、奇妙に大きかった。人間の手の平ほどもありそうな巨大な目。まんまるのそれが、じっとアニーを見ていた。
アニーもそれを見返した。その生き物は今まで、アニーが見たこともないものだった。
朝の光を浴びて、アニーは思った。あたし――あたし、ドラゴンを発見したわ。
――――
昼過ぎ、エリザベスはレイトン姉妹の家でお茶を飲んでいた。妹のマリアは出かけてていない。エリザベスの相手をしているのは姉のジェーン一人だった。
昨日は……昨日はすごく不思議なことがあったわ。エリザベスは思った。洞窟な中で変な体験をして――こうして元の世界に戻ってこれたのがとてもうれしい。家に帰って、興奮状態のシリルといろいろ話をしたけれど、もちろん結論など出なかった。
そしてその奇妙な体験の話は誰にもしていなかった。ジェーンにもまた。他人に信じてもらえるような話ではないと思ったからだ。ジェーンのことは好きだし、信頼もしているけれど、でも打ち明けたところで、困惑されるだけだろう。
その代わりに、エリザベスは別の話をした。
「アニーは過去に……雷の事故にあっているのですか?」
ジェーンはうなずいた。
「そうですよ。本人から聞きました?」
「いえ……」本人から聞いたことではあるけれど、アニーの記憶からは抜け落ちているようだ。エリザベスはとっさに嘘を言った。「いえ、人づてで、そういう話を聞いたのです」
「まだあの子がうんと小さかった頃ですよ。1歳くらいかしら? まだ私たちがここに引っ越す前のことで、だから私も直接には知らないんですけどね。お祭りがあって雨が降って、木の下に何人か避難した。そこに雷が落ちて――でもアニーだけは奇跡的に助かったんですよ」
「そうらしいですね」
「ですからね、この町の人々はアニーを特別な子だと思っているのですよ」
エリザベスは苦く笑った。そういった視線が、アニーにとって負担になっているのだろう。昨日の会話を思い出しながら、エリザベスは思った。ただ、町の人々は無邪気なだけで、あまりせめるわけにもいかないが……。
昨日の話。エリザベスくるくると回想する。暗闇で二人ぼっちだった。私たちは二人とも暗闇の中にいた。昨日の状況がそうだった、というだけではなくて、私も、また――。
「私……結婚するんです」
エリザベスははっとした。いつの間にか、口からその一言が出てしまっていた。私は――何を話そうとしているのだろう。
「ええ、知ってますよ」ジェーンがほほえんだ。「あなた、婚約者のかたを連れてここに来たじゃありませんか。いいかたね。明るくてハンサムで」
「え、ええ、そうなんです……」
エリザベスは膝の上に置いた手を軽く動かした。目は紅茶の入ったカップを見つめたまま。私は――何を言いたいのだろう。
「いい人なのです。私の夫になる人は」視線を動かさず、エリザベスは続けた。そうよ、よい結婚ではないの。彼はすてきな人だわ。私はきっと幸せになる。幸せに――。「私は……幸せもので……」
「共通の好きなものがあるというのもよい点だわ」ジェーンが言った。「あのかた、クラークさん、化石や地質学に興味がおありでしょう? 二人で楽しい話ができるんじゃないかしら」
エリザベスは笑った。
「ええ、そうなんです。でも彼は出会ったときにはそういったものにさほど興味がなさそうでした。でも私と話をするうちに……」
「あらっ! あなたの影響なの! いいわねえ、好きな人が自分の好きなものに興味を示してくれるというのはね。私にはそういう経験はあんまりなかったから――」
「そうなのです」エリザベスは顔をあげて笑った。何か少し、自分でも無理をしているように感じた。でも私は幸せな花嫁に、幸せな妻になるのだから、笑っていなければならない。「あの人は頭もよいんです。私が教えたことをみるみる吸収してしまうんです。本当に驚きです」
「いいわねえ」
ジェーンはうらやましそうにため息をついた。エリザベスは話を続けた。
「あの人は――地質学者になろうかな、などと言っています。本当になれるかもしれませんね。あの人はよい学校に入り、よい師を見つけ、そこで存分に研究して、学会に認められ立派な学者に――でも……」
エリザベスはきゅっと自分の手を握り合わせた。そして吐き出すように言った。
「でも、私は地質学者になれません」
それは、ずっと考えてきたことなのだ。いや、むしろ、考えないようにしてきたことなのだ。心の中にあったけれど、押し込めていたもの。それが今、外に出ようとしていた。
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