3-7

「その前に、空気がなくならないといいね」


 シリルはすっかりしょげていた。アニーは彼をはげまそうと、ポケットからあるものを取り出した。


「見て。あなたがくれたお守りよ」


 それはシリルからもらったベレムナイトだった。アニーはベレムナイトをシリルに見せた。「これは雷よけらしいけど……。でも他の災いも遠ざけてくれるわ」


 シリルの顔が少しほころんだ。


「これ、僕があげたやつ?」

「そうよ」

「ちゃんと持っててくれるんだ」


「だって……」アニーは急に恥ずかしくなった。「だって、あなたが言ったじゃない、雷よけのお守りだ、って。だからあたしは雷が鳴りそうな日はこうしてポケットにこれを入れて」


「ありがとう。あげたかいがあったな。うれしいよ」


 シリルの声にもどこか照れている調子があった。シリルはふとアニーから視線をそらした。アニーもまた顔をそむけた。なんとなく、頬が赤くなっているような気がしたからだ。


「――こういうときはさ、勇敢な騎士が現れるべきだと思うんだ」


 話を変えるように、不自然に大きな声でシリルが言った。


「騎士?」


 アニーは尋ねる。唐突に、話が変な方向に行きそうだ。


「うん。だってここは、ドラゴンのすみかだろ? とりあえず、僕とエヴァンスさんの間ではそういうことになってる。ドラゴンの敵は騎士だ。騎士がドラゴンをやっつけに来るんだ。財宝たちの山の上で眠るドラゴンを退治しに、騎士が――そう、すーっと光が現れて――」

「光よ!」


 エリザベスが大きな声を出した。シリルは話をやめ、そしてアニーも言葉を失って、それを見た。エリザベスの言う通り――どこからともなく光が差し込んできたのだ――。


 光は大きくなっていく――。辺りの闇を払い、そこがたしかに、洞窟の内部であることを明らかにしていく――。三人は黙ってその変化を見守った。


「ワン!」


 いきなり犬の声がした。アニーは見た。光の差し込む方向から、アモンが走ってやってくるのを。アニーはアモンのほうへ駆け寄った。


「アモン!」


 アニーはアモンを抱きしめた。犬のにおいとあたたかさが、とても嬉しかった。「アモン、よかった、アモンに会えてあたし――!」


 今でははっきりしていた。ここは海岸にある洞窟なのだ。入口が崩れてもいない。洞窟から少し入ったところで、3人がじっと固まっていたのだ。


「何をやっているのですかな」


 洞窟の入口にひょっこり人が現れた。やせた長身の中年男性。エヴァンスだった。


「エヴァンスさん!」


 シリルが声をあげた。踊るような軽快な足取りで、シリルはエヴァンスに近づいた。「僕たちは今、騎士の話をしてたんです! ドラゴンを退治する騎士です。エヴァンスさんが騎士だったんですね!」


「何のことです?」


 エヴァンスはとまどっていた。シリルはいささか調子が外れたように笑った。


「エヴァンスさんが騎士だなんて、本当にとてもそんなこと――」


 騎士でもなんでもいいわ。アニーはアモンを抱きしめた。目に涙がにじみ、アニーはそれがこぼれないようにあわててまばたきをした。




――――




 無事エヴァンスも見つかったので(エヴァンスは自分は洞窟に入っていないし、崖にも登っていないし、どこかに隠れてもいないし、ずっと海岸にいたと主張した)、四人と一匹は海岸を後にすることにした。


 そしてアニーが家に帰り着いてほどなく、雨が降り出した。雨はしだに激しくなり、夜には嵐になった。


 寝床の中で、アニーは嵐の音を聞いた。今日あった不思議なことを考えた。あれはなんだったんだろう。何が起きたというのだろう。さっぱりわからないし、ところどころ記憶も欠けている。でも変なの、妙にさっぱりした気分だわ。


 アニーはひきだしにしまったベレムナイトのことを思った。シリルがくれたお守り。窓に雨がたたきつけ、風は家をゆさぶり、そして時折雷の音が聞こえた。でもアニーはシリルのお守りのことを考え、それが自分の近くにある限り、きっと恐れることはないのだろうと思った。


 翌朝。嵐はどこかに行ってしまい、空は青く晴れ渡っていた。アニーは、ジョンに声をかけた。


「兄さん! あたし海岸に行ってくる! 昨日嵐があったから、ひょっとしたら『あれ』が姿を現しているかも!」

「たしかにその可能性はあるな。でもアニー、まだ朝食もすんでない……」

「帰ってから食べる! 他の誰かに発見されたら困るもの!」


 アニーは勢いよく家を飛び出していった。海岸を走っておりる。町はようやく起き出したところだ。人がちらほらと戸外に出ている。


 アニーは海岸の濡れた石の上を器用に駆けていった。心臓が、どきどきしている。走りっぱなしだからというのもあるけど、それ以上に――。予感があるの。きっと「あれ」が、「あれ」が地中から姿を現しているわ。

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