3-5

「一体、何の話なの?」


 エリザベスは穏やかさを保ったまま、アニーに尋ねた。アニーは何の話をしているのだろう。混乱して、悪い夢でも見ている状態になっているの?


「あたしが小さい時の話なの!」


 アニーが強い口調でそう言って、いきおいよく、エリザベスのほうへ顔を向けた。「実際にあったことなの! あたしは……あたしは小さすぎて覚えてないけど……」


「そんなことがあったのね」


 初耳だった。アニーは小さいころ、雷に打たれたことがあるということなのだろうか。そういえば――使用人の一人が、あの子は特別な子だと言っていた。化石採集が得意だからそう言っているのだと思っていたけど、他にももっと理由があるの?


「あれは、あたしがまだ1歳かそこらだった頃の話なの」アニーはエリザベスから顔をそむけ、地面に目を落としてまた語り始めた。「町でお祭りがあったの。あたしの家の近くに住んでる女性が、よくあたしの面倒をみてくれて、その人があたしをお祭りに連れていってくれたの。でも雨が降って、雷が――雷が落ちて――……」


 アニーはそこでいったん、言葉を切った。エリザベスが黙っていると、アニーは再び口を開いた。


「木の下には、あたしと、その女性と、他に三人ほどいたの。みんな――みんな死んでしまったの。あたしをのぞいて。あたしも死んだと思われたんですって。でもお湯につけたら生き返ったって……。だからあたしは――一度死んでるの」

「大変な経験をしたのね」


 エリザベスは静かに言った。アニーが雷を怖がるわけ。これでわかったように思う。アニーはエリザベスの言葉に反応せず、ただ、話を続けた。


「――みんな死んだの――みんな――あたし以外――。あたしだけは生き残って――ううん、死んだの。でも生き返ったの。あたし――……その女の人ね、あたしをお祭りに連れていってくれた人、その人はまだ若い人で、結婚してそんなにたってなくて旦那さんがいたの。その若い旦那さんが言ったんですって。あたしが生き返ってくれて、とても嬉しかったって。もしあたしまで死んだら女房はとても悲しんだだろう、って。その女の人はあたしのことをかわいがっていたから。きっと女房が、自分の命とひきかえにこの子を守ったんだろう、って。そんな、あたし、あたし――……」


 アニーの声が話すにつれて大きくなっていった。パニックにさせてはいけない、とエリザベスはさらにアニーに身を寄せた。今ではエリザベスの体とアニーの体が、ぴったりと触れ合うまでになっていた。


 アニーの声には混乱と、涙が混じっていた。


「あたし、命をもらったの。みんな死んじゃったのに、あたしだけ死の国から戻ってきたの! どういうことだと思う!? あたしだけ――だからあたしは頑張らなきゃ、他の、死んじゃった人たちの分まで生きなきゃ!」


 アニーの声は大きくなり、最後のほうは叫ぶかのようだった。エリザベスはあわててアニーの肩に腕を回した。


「そんなこと思わなくていいのよ」アニーをなだめようと、エリザベスは一生懸命言った。「それは――たまたまそうなったというだけなの。そこに意味はないのよ。それはただ――」


 何を、どう言っていいのか、エリザベスはよくわからなかった。ただアニーを落ち着かせたかった。エリザベスに肩を抱かれ、アニーはとりつかれたようにしゃべった。


「だからあたしは頑張るの。命をくれたのだから、立派な人間にならなきゃ。家族を支えるの。今はあたしがやるべきことはそれなの。化石を見つけ、売って、お金を稼いで、母さんと兄さんを支えて、あたしは――あたしは――」


 ついにアニーが泣き出した。「……あたしは役に立つ子どもになりたいの……」


「アニー」エリザベスがさらに強くアニーを抱きしめた。アニーが崩れるように、エリザベスの胸に顔をうずめた。エリザベスは両腕でアニーを抱きとめ、そして少しほっとした。泣いたことによってアニーが、ともかくもしゃべることをやめたからだ。


 泣くのはいいことだわ、とエリザベスは思った。思い切り泣いて、胸のうちにあるどうしようもないものを、洗い流してしまえばいい。


 しばらくエリザベスは何も言わず、アニーが泣くのにまかせた。やがてアニーが小さな声で言った。


「……どうしていいかわからないの。暗闇の中にいるみたい」


 アニーは自分の人生のことを言っているのだろう。でもまさに今、私たちは暗闇の中にいるのだわ、とエリザベスは思った。そしてそれが場違いにも、エリザベスの心を愉快にさせた。


「ね、アニー」エリザベスはやや明るい声でアニーに言った。「私も、私もなの、私も暗闇の中にいて――」今の状況がまさにそう。でもそれだけではないわ。私も――迷ったり悩んだりしていることがたくさんある。


「私たち二人とも暗闇の中なのよ」エリザベスは話を続けた。「でも――でもね、こうやって暗闇の中で、触れ合うことができるのね。私、あたたかいわ、あなたの体温であたたかい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る