3-4

 この洞窟は不気味だわ、と近くまで寄って、エリザベスは思った。エヴァンスさんやシリルはドラゴンのすみかだと言ってるけど……。そうね、なんだかよくないものがひそんでそうな、そんな雰囲気があるわね。


 洞窟の入口は狭く(ドラゴンは身を縮めないと中に入れないんじゃないかしら、とエリザベスは思った)、内部は暗かった。アニーがエヴァンスの名前を呼ぶ。けれども返事はない。


 アニーがすたすたと洞窟の中に入っていった。危険だわ。瞬時にエリザベスは思った。そしてエリザベスもまた、アニーに続いて洞窟に入った――。




――――




 エリザベスの周囲をたちまち闇が包んだ。エリザベスは驚き、足を止めた。一体どうしたことだろう。洞窟に一歩入っただけで、こんなに真っ暗になってしまうとは。


 恐怖が、エリザベスの胸におしよせてきた。エリザベスは体の前で両手をきつく握り合わせた。落ち着いて。何かよくないことが起こっている……のかもしれないけれど、パニックになってはいけないわ。


 心臓が大きく音を立てていた。エリザベスはじっと立ち止まり……そしてしばらくそのままでいた。何も変化はない。


 大丈夫よ、大丈夫。そのうち明るくなる。そしてここが洞窟の、ほんの入口だってことがわかるわ。ほんの……入口……。


 心なしか、周囲がうっすらと見えるように思えてきた。目がなれてきたんだわ。大丈夫。ここは洞窟で、その内部の様子が目に映ってくるはずだわ。


 はたしてそうだった。ごつごつした岩の壁が見えてきた。エリザベスはほっと息を吐き出した。今までずっと息を止めていたみたいだった。


 エリザベスはゆっくりと右足を動かした。大丈夫――動く。なぜ、こんなに暗くなってしまったのかはわからないけど、でもここに固まっていても仕方がない。アニーはどこに行ったのかしら。


 それからシリルも。彼は洞窟の外に残ったのかしら。アニーのかわいい相棒、アモンのことも気にかかる。


「……アニー」


 エリザベスはそっと呼びかけた。のどが張り付くようで、かすれた、小さな声だったけれど、とりあえず声は出た。「アニー、どこにいるの?」


 今度はもっと大きく、はっきりと呼びかけた。


 エリザベスは歩きはじめる。一歩ずつ、少しずつ。大丈夫、何も異変は起きない。ただやたら暗いということをのぞけば。エリザベスは片手を上げ、自分の横をさぐった。ややしめって冷たい岩壁が指に触れた。エリザベスは安堵した。これを頼りにちょっとずつ進んでいこう。


「アニー、いるなら返事を……」


 エリザベスは言葉を失った。すぐ目の前にアニーがいたのだ。けれどもエリザベスはたちまちそれを当たり前のこととして受け入れていた。アニーはずっとここにいたのよ。暗くてわからなかっただけ。でも目が闇になれたから、わかるようになったのよ。


 アニーの姿ははっきり見えた。まるでそこだけ光があるように。アニーは立ったまま、壁にぴったりと背をつけていた。


 そして――とても怯えていた。


 まるで追い詰められた獣のようだわ、とエリザベスは思った。無理もない。こんな変な状況になったんですもの。何か声をかけて落ち着かせなければ……。エリザベスはそう思って、アニーのほうへゆっくりと近づいた。


「ここにいたのね」エリザベスは低く小さな優しい声で、アニーに言った。「よかった。あなたの姿が見えなくなって心配してたの。さ、一緒に帰りましょう」


 どうやって? 言いながら、エリザベスは思った。「帰りましょう」なんて簡単に言ってしまったけれど、どうやって外の世界へ、元いた海岸へ戻るのだろう。こんなに暗いってことは入口が崩れてしまったのかしら。私たちは洞窟に閉じ込められ……いえ! そんなことを考えてはだめよ。悲観的なことを考えて、平静を失ってはいけない。


「……あたし……」アニーがそっと口を開いた。小さく頼りない声だった。アニーの目は大きく開かれ、一心にエリザベスを見ていた。助けを求めるように。


「あたし……」アニーが再び言った。本人の意思というよりも、何かに突き動かされてしゃべっているかのようだった。「……あたし、一度死んだことがあるの」




――――




 死? 突然アニーは何を言い出したのだろう。エリザベスは混乱した。死んだことがある? どういうことなの?


 それともすごくおびえて、わけがわからなくなっているだけなのかしら。エリザベスはアニーのすぐそばまで進んだ。体が触れ合いそうになるほど、近くに。アニーはぴくりとも動かなかった。


「大丈夫よ。ここでしばらくの間、休みましょうか」


 エリザベスはおだやかに声をかけたが、アニーの耳には入っていないようだった。アニーは自分の隣にやってきたエリザベスのほうを見ず、顔を前方に向けたまま、話を続けた。


「――雨が降ってきたの。ひどい雨で――みんなどこか雨がしのげそうなところに散らばっていったの。あたしは――あたしを連れてきた女の人は大きな木の下に避難して――そうしたら雷が鳴って、雷が――木に落ちたの」

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