3-3
「エヴァンスさーん」
アニーは洞窟の中に呼びかける。「エヴァンスさーん! いるんでしょう?」
けれども返事は何もなかった。アニーは自分についてきた二人と一匹を振り返って言った。
「ちょっと中に入ってみるわ」
エヴァンスの返事はない。けれどもこの中にいるとしか思われない。中で倒れてでもいるのかしら。やや心配になって、アニーは洞窟内へ足を踏み入れた。
その瞬間――。すべてが暗闇に包まれた。
――――
アニーは足を止めた。動けなかった。何……ここはどこ……あたしは洞窟に入ったはず。そしていきなり真っ暗になって――。
洞窟の内部は暗いけれど、こんなに急に真っ暗になるなんてありえない。アニーは動けなかった。何かにとらわれたように動けず、そしてますます混乱が深まっていった。
シリルやエリザベスさんはどこなの? あたしだけが洞窟の暗闇にとらわれて、二人は明るい外の世界にいるの……? あたしだけが……。
どこか遠くから、低い物音が聞こえてきた。何かがほえるような声にも聞こえる。アニーはあらためて辺りを見回した。
目がなれたのか、周りのものがうっすらと見えはじめる。そしてアニーは自分が洞窟の中にいるのではないことを知った。
そこは海岸だった。石ころだらけの、アニーの住む町の見慣れた海岸。空はおそろしく暗かった。真っ黒な雲が、空一面をおおっている。
風が吹く。海面が波立つ。湿ったなまぬるい風だ。アニーの体にもふきつけてくる。
海面はいまや大きく揺れ動いていた。そして――波の間から何かが姿を現そうとしている――。
ドラゴンだ。とっさにアニーは思った。
アニーが見つめるなか、それはゆっくりと現れた。うろこにおおわれた大きな頭が。丸い頭。つりあがった目。さけた口。そこに並ぶするどい歯。
アニーは動くこともできず、それを見つめていた。風がびゅうびゅうと音を立てる。空は変わらず暗く、重たく、アニーを窒息させるようで、そして――。
強い光が空を走った。雷。アニーは思った。稲妻だわ。そしてそれに続くのは、世界をふるわせるような轟音――。
――――
エリザベスは後悔していた。エヴァンスが消えたことをアニーに言うべきではなかった、と思ったのだ。けれども仕方がない。アニーはエヴァンスを探すという。ならば自分もついていかねば……。
その日は弟とともに海岸へと出かけたのだ。途中でエヴァンスに会って、同行する。海岸にはアニーがいて、少しおしゃべりした後、アニーは自分の仕事に専念した。
エリザベスもまた化石探しをしようかと思った。地面を見つつ、時に海も見つつ、化石探しというよりも散歩のような気持ちで辺りを歩いていると、弟のシリルに声をかけられた。
「姉さん、雨が降りそうだよ」
「そうね」
そう言って、エリザベスは空を見上げた。たしかに雲が厚い。
「早く帰ったほうがいいと思う。というか……アニーは早く帰りたいんじゃないかな」
「そうなの?」
「雨だけならいいんだけどね、雷が鳴るとね。アニーは雷が嫌いなんだよ」
「まあ」エリザベスはほほえんだ。「あの勇ましいお嬢さんにも苦手なものがあるのね」
「そんなことをアニーの前で言っちゃ駄目だよ」いかめしい顔でシリルは言った。「アニーは気にしているんだ。自分が雷を怖がっていること」
「わかったわ。言わない」
「だからね、エヴァンスさんにも言って、みんなでそろそろここを引き上げるべきだと思うんだ。姉さんからエヴァンスさんに行ってよ。雨で服がぬれるのは嫌なので、早く帰りたいって。エヴァンスさんはご婦人の頼みごとに弱そうな人だから」
「じゃあ、そうしてみるわ」
そして二人は辺りを見回してエヴァンスを探した。けれど、エヴァンスは姿が見えない。
「この先に行っちゃったかなあ」シリルはカーブの先を見て言った。「洞窟があるから。僕ちょっと見てくるよ」
シリルが早足で去っていく。そしてほどなく戻ってきた。とまどった表情をしている。
「エヴァンスさんが……いないんだよ」
「いない?」
エリザベスもまたとまどった。カーブの先はずっと海岸が続いている。エヴァンスはついさっきまで自分たちのそばにいたし、この短い間で視界から消えるほど遠くへ行ったとは思われない。
「崖を……頑張れば登れないこともないと思うけど」
シリルがあやふやに言った。エリザベスは苦笑した。
「エヴァンスさんにあまり崖を登るイメージはないわね」
「僕もそう思う。きっと洞窟に入っちゃったんだよ。アニーにもこの話をしてこよう」
そうしてシリルはアニーのほうへ行ってしまった。
かくして三人で、三人と一匹でカーブの先へと向かうことになったのだ。そしてやはりエヴァンスはいなかった。すると可能性があるのが、洞窟の中にいるということ。
洞窟のそばまでやってきて、アニーが中に向かって呼びかける。エリザベスは何度かこの洞窟の近くを通ったことはあるが、中に入ったことはなかった。
なぜだか入る気がしなかった。なぜなのか――よくわからないけれど、あまりよくない印象があるのだ。
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