3-2

 海の彼方、遠くを眺めながら、エヴァンスは言った。海も空も灰色で、遠くを一羽、鳥が飛んでいた。


「この光景はまるで――まるで、滅びを連想させますな? 人類の滅びを。我々が滅んだあとも、こんな光景が、暗い海に暗い空、ただ鳥たちが静かに飛ぶ、そんな光景が待っているのではありませんか? おっと化石少女、怖がることはありませんぞ。人類は当分の間滅びませんからな」

「それは……よかったです」


「我々人類が――間違いをおかさなければ、ですな。ドラゴンはその悪しき心ゆえに神に滅ぼされました。人類ももし、そこから善良さが駆逐され、悪にそまったものたちが我が物顔にふるまうようなことが起こればやがて……」エヴァンスはぶるっと身をふるわせた。「恐ろしい! 考えたくないことですぞ! 私は人類を信頼しているのです!」


「あたしも……それにあなたは悪とは遠い方だと思います」


 アニーは言った。多少、本音も入っていた。エヴァンスさんはいい人……なのかどうかはわからないけど、悪い人ではないと思うわ。この人の頭の中は変なドラゴンたちでいっぱいで、悪が入るすきまがなさそうだもの。


 エヴァンスは顔を輝かせた。


「ああ、化石少女! だから私は人類を信頼しているといえるのです! 化石少女、あなたのような若い方がですな、このように、良い心を持っているということは――人類はまだまだ捨てたものではないということなのです。滅びの日はきっと遠いことでしょう」

「それを聞いて安心しました」


 アニーはしおらしさを見せて言った。


 それにしても。アニーは思った。エヴァンスさんとの会話はそれなりに楽しくもあるが、しかしやはり天気が悪い。なるべくなら早く帰りたい。雨が降る前に。雷が鳴る前に。


「あたしはあちらのほうを見てきます。みなさんはどうぞご自由に」


 アニーはそう言って、三人から離れた。




――――




 しばらくの間アニーは、石を拾ったり、それをハンマーで叩いたり、という作業を繰り返していた。たまに首を動かせば、ヒース姉弟とエヴァンスが見えた。最後に見た時は、姉弟だけになっており、エヴァンスの姿が消えていた。けれどもアニーはさほどそのことを気にしていなかった。


「アニー」


 シリルがやってきて、アニーに声をかけた。「エヴァンスさんが消えちゃったよ」


「消えた?」


 アニーは腰を伸ばし、けげんな顔でシリルを見た。シリルの顔もとまどっている。


「たしかについさっきまでそこにいたんだけどさ。でも見えなくなってる」

「洞窟のほうへ行ったんでしょう」


 アニーは洞窟のある方角へと目をやった。カーブになっており、肝心の洞窟は見えない。そしてアニーはあちらこちらを見回した。たしかにエヴァンスが――いない。


「そっちにも行ってみたよ、でもいないんだ」


 シリルが不安そうな表情で言った。


「じゃあ、もう一度、そちらに行ってみましょうよ」


 アニーが歩きだし、シリルとアモン、そして近くにいたエリザベスも合流してもそれにしたがった。


 カーブを曲がる。さらに道が開け、その先も延々と崖が続いている。そして洞窟。さほど遠くないところに、件の洞窟がある。


 そして――エヴァンスはいなかった。見晴らしのよい光景、崖に、わずかな陸地に、海。身を隠すところなどなさそうなのに、エヴァンスはいなかった。


「洞窟の中に入ったのよ」


 アニーは断言した。そうとしか思えない。入ったところで、暗いばっかりだと思うけど。「あの人ってどうして――」


 アニーはいらいらしてきた。自分の声にとげがあるのがわかる。なぜいらいらしているのかもわかる。天気がよくないからだ。今にも雨が降りそうだから。雷が――鳴りそうだから。


 実際、さっきまでよりもずっと、辺りは暗くなっていた。


「僕が洞窟のそばまで行って、中に声をかけてみるよ」


 シリルが言った。その声音に、何か明るい、この場をなんとかさせようという色があった。シリルに続いて、やはり明るく、エリザベスが言った。


「アニー、私たちは先に帰らない? ほら、雨が降り出しそうじゃない。私、雨にぬれるの嫌いなのよ」


 アニーはピンと来た。なんだか不自然な姉弟の様子。あたしがあからさまにいらいらしたからだ。シリルはあたしが雷が嫌いなことを知っている。姉のエリザベスにも話したにちがいない。そして二人して、あたしに気を遣って、あたしを帰そうとしている――。


「あたしも一緒に行くわ」


 むりやりに笑顔を作って、アニーは言った。気を遣われるなんて結構よ。あたしはそんなにやわじゃないもの。


「でもアニー……」


 シリルが言う。アニーはシリルに挑戦するかのように、笑ってみせた。


「大丈夫よ。何を心配しているの?」


 あたしは、お金持ちのお坊ちゃんの、気まぐれであわれみぶかい優しさなんていらないのよ。アニーはそう思って、洞窟へとずんずん歩いていった。

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