2-9
そもそも、あたしとシリルも違うのよ。シリルがいいところのお坊ちゃんだって、最初からよくわかっていた。それなのにどうして――今までそんなことを気にせず一緒にいることができたの?
アニーは三人にくるりと背を向けた。そして足早に、坂を下っていった。
――――
一日が終わった。夕食の時間となり、ベイカー一家は夕食の席についた。今日も質素な夕食。薄いスープとパン。
アニーは食卓を見た。今日の光景が、シリルと二人の少女たちが頭をよぎった。彼らはきっと、こんな夕飯は食べないわ。もっと豪華なものを食べている――。
どうしてこんなことを思ってしまうんだろう! 今までさほど考えたことがなかったのに!
たしかに、レイトン姉妹の家に行って、いいなあと思うことはいくつもあったわ。うちとは違うと思うことも。でも――こんなにもやもやした気持ちになったことはなかった。
「今日、海岸でヒース家のお嬢さんを見たよ」
パンを食べながら兄のジョンが言った。アニーは目を上げた。
「そうなの? あたしは会わなかった」
「お前より後に行って、お前より先に帰ったんだろう」
「シリルは……男の子のほうはいたの?」
「いや、いなかった」
そう、とアニーは思った。なぜか心が冷え冷えとした。シリルはきっとあのきれいな女の子たちと遊んでるのだろう。ひょっとしたらもう、あたしの化石採集につきあうこともないかもね。それでいい。別にシリルがいたって特に役に立つことはないんだから、いなくなったって……。
いやだな! あたし、なんてことを考えてるんだろう! アニーは自分が悪い人間になっていくような気がして、気持ちが重くなって、目を伏せた。
「スケッチブックを持っていたよ」
ジョンが言った。アニーは機械的に尋ねた。
「エリザベスさんが?」
「そう」
エリザベスさんのスケッチブック……。ヒース家にはまだ行ってない。なんだか行く気がしなくなっちゃった。だって、何を着て行っていいのかわからないのだもの……。
黙ってスープをすするアニーに、ジョンは言った。
「ちょっと心配なんだよな」
「何が?」
「あの女性は……崖をスケッチしてるんだろう?」
「そうよ。化石や地層に興味があるんですって」
「『あれ』に気づくんじゃないかな」
アニーは一瞬、手を止めた。「あれ」。ベイカー家の今後がかかった、崖に隠された大事な秘密。アニーも以前、兄と同じことを心配したことがある。
「わからない……。あの人目がいいから。でも――」
気づくかもしれない。でもひょっとしたらベイカー家に譲ってくれるかもしれない。アンモナイトを見つけた時みたいに。でも――。何か嫌だわ、それは……。
「エリザベスさんはいい人なの」
アニーは言った。いい人だから――あたしたちにお情けをかけてくれる――。あの人たちはお金持ちで、あたしたちは貧しいから――。
「お前はヒース家の姉弟と仲良くやってるもんな」
ジョンが言う。アニーはあいまいに笑った。
「あの2人はいい人たちよ」シリルも。シリルもよい子よ。なのになんであたしは今、シリルにもやもやしてるんだろう。きれいな女の子たちと楽しそうに一緒にいただけなのに? アニーは胸のもやもやをスープと一緒に飲み込もうとした。「兄さんは、あの人たちと話したことはないの?」
「ないさ。弟のほうはともかく、姉のほうには無理だな。俺みたいな家具職人見習いが、裕福な家のレディに気安く声をかけることはできないよ」
「あたしは……気安く声をかけちゃった」
「お前は子どもだからいいんだよ」
子どもだから、か……。アニーは考えた。じゃあ子どもじゃなくなったら。あたしも何年かすれば子どもじゃなくなるから、ヒース家の2人とも親しく話すことができなくなってしまうのだろうか。
何年かすれば――シリルは立派な紳士になって、あたしは、化石を拾ってはそれを売って暮らす貧しい女で、近寄ることもできなくなってしまうのだろうか……。
「アニーのいいところは物おじしないところよ」
母のマギーが言った。「おかげで助かってるの。あんたがうちの店に来る紳士やレディにも堂々と対応してくれるから」
母の言葉にアニーは嬉しくなった。
「あたしはただ……やっぱり、ただ、子どもなんだと思う。怖いもの知らずって、やつよ」
アニーは言った。そう、知らなかったの。シリルたちお金持ちと自分たちの間に大きな差があるなんて、知らなかったの。ううん、知ってはいたけれど、それをこんな風に重たく受け止めはしなかったの。
アニーは頼りなげな灯りに照らされた、狭い室内を見回した。家具は少なく、どれも使い古されている。装飾などほとんどない。テーブルの上の食器はふちがかけている。
きっと……きっと、ヒース家の食卓はこうではないわ。どこまでも明るくきらびやかなのよ。あたしたちは――違う。あたしが思っている以上に、ずっと、もっと、違うのよ……。
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