2-8
もちろん、アニーはシリルをばかにしているわけではなかった。そうではなくて……嬉しかったのだ。嬉しい。アニーは確認するように思った。そうよ、嬉しいんだわ。心の中がほっと、あたたかくなってる。
「それは、あなたの良いところだと思うわ」
小さな声で、早口に、アニーは付け加えた。照れくさかったのだ。そして手の平の小さな化石に目を落とした。シリルも化石を見て言った。
「それ、雷の石なんだって。姉さんが言ってた」
「雷の石?」
「そう」うなずいた後、シリルは何かを思ったのか慌てたような顔になった。「雷の話は……したくないかな」
「いいえ。続けて」
「うん、それなら続けるよ。これは雷の石でね、雷の神様が落としたものだって言い伝えがあるんだって。嵐の後、雷の後に、こういう石がよく見つかるらしい」
「嵐がくると、崖がくずれたりするから、それで化石が見つかりやすくなるのよ」
「うん、それでね、その石は雷よけになるんだって。だから君が持っておくといい。……あの、迷惑で、余計なお世話で、いらないっていうなら返してくれてもいいけど……」
「ううん、迷惑じゃない」アニーは笑顔で、きっぱりと言った。「もらっておくわ、これ」
アニーは軽く手を握って、化石の感触を確かめた。なぜだか、奇妙にあたたかいような気がした。心があたたかくなってるから、そう感じるんだわ。
アニーはいつしか言っていた。
「大事にする」
言った後で、突然、恥ずかしくなってしまった。そこでアニーは恥ずかしさを打ち消そうと、大きな明るい声で言った。
「大事にとっておいて、お金がなくなったらこのお店で売ることにする!」
言ってしまって、アニーは居心地が悪くなった。どうしてあたしはこう、余計なことを言ってしまうのだろう。シリルの善意がこれじゃあ、台なしじゃない。アニーは恐る恐るシリルを見た。シリルは苦笑しているだけだった。
「ねえ、アニー」店内を見回しながら、からかうような口調でシリルはアニーに言った。「幽霊よけの石ってあるかな」
「幽霊よけ……ごめんね、聞いたことない。でも探せばあるんじゃないかな。あ、幽霊よけの石が欲しいのね!」
シリルにつれられて、アニーもまた、からかうように言った。シリルが茶目っ気のある笑顔をアニーに見せた。
「そうなんだよ」
「探しとく。そしてもし見つかれば……その時は、あなたにあげるわ。今日のお礼ね」
アニーも笑顔になった。二人、目を見合わせ、共犯者か何かのように笑いあったのだった。
――――
それから数日の間、アニーはシリルに会わなかった。どうしたのだろうと思ったが、シリルにも予定があるのだろうと思い、アニーはさほど気にしなかった。
もらったベレムナイトはたんすの引きだしの中にしまった。天気が悪い日にはこれを持っていこうと思う。きっと――良い雷よけとなるだろう。
その日もアニーは海岸に向かおうとしていた。家を出て、大通りを下ろうとする。その時、アニーはふと坂の上を見た。そこにシリルがいた。
久しぶりね、とアニーは思った。声をかけよう。そう思って、坂を上ろうとする。けれどもすぐに足が止まった。
横道から見知らぬ少女が2人出てきたのだ。少女たちはシリルに声をかける。シリルもそれに応えて笑顔になる。彼らは知り合いのようだ。
しかも、仲が良いらしい。少女たちがきゃっきゃとシリルに話しかけ、シリルも楽しそうに返事をしている。どちらもシリルとさほど年齢が変わらず、しかもよい身なりをした、お金持ちの家の子どもたちだ。
三人はアニーにまったく気づいてない。棒立ちのまま、アニーは思った。何をためらってるの? 声をかければいいじゃない。さっき、そうしようと思ったように。シリルのところに行って、久しぶりねって言って、この人たちはお友達? とかなんとか尋ねればいいじゃない。
シリルだって、そんなに嫌な顔はしない――しないと思うけど……。
けどあたし……。みすぼらしいわ。
突然、その時アニーは思ったのだ。シリルと、一緒にいる少女たち、彼女らと自分が違うものだということを。あの女の子たちはきれいでつやつやしてすてきな服を着ている。でもあたしは……違う。
アニーは自分の着ているものを見た。何度も洗ってくたびれて服。兄さんのお古の上着。くたくたになってつぎが当たってる。スカートは母さんのを仕立て直したもので、これも色がすっかりさめてしまってる。
頑丈さだけがとりえの靴。でも頑丈な靴って大事だもの。あたしは石ころだらけの海岸を毎日歩かなくちゃならないから……。パーティーにふさわしいようなきゃしゃな靴なんて、持ってても仕方ないもの。だから……。
あたしはあの子たちとは違うわ。
あの子たちはそばに寄ればきっといい匂いがするわ。でもあたしは……あたしは――。
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