2-7

 アニーの体に雨が降りかかる。一体何が起こったの。他の人たちは、一緒に木の下にいた人はどうなってしまったの?


 でも考えも長くは続かない。暗闇がやってきて、たちまちアニーの視覚も聴覚も触覚も思考も、全てを奪ってしまう……。




――――




 翌日、アニーは気分がすぐれなかった。強い雨が降った後は崖の石が落ちていることが多い。つまり化石採集には具合がよいのではあるが、アニーは今日は海岸に行く元気がなかった。


 幸い、兄が休みだった。そこでアニーの代わりに兄のジョンが出かけていく。


 ベッドで横になっていなければならないほどの、体調の悪さではなかった。そこでアニーは店番をやることにした。小さな化石店のカウンターに座る。やや頭痛はするものの、客の相手ができないほどではなかった。


 薄暗い店の奥のカウンターから、窓の外を見る。今日はよく晴れている。光がまぶしい。ここは暗いから、外がいっそうまぶしく明るく見える。その明るい戸外から、裕福な客たちがやってくる。


 客の入りは悪くなかった。アニーは彼らに化石の説明をし、代金を受けとった。


 客足が途絶え、ちょうど暇をしていたとき、扉を開けて入ってくるものがあった。アニーははっとした。シリルだ。


「海岸に行ったらお兄さんにあってさ」シリルはアニーに言った。「君の居場所を訊いたら店にいるって言ったからやってきたんだよ」


「……いらっしゃいませ」


 アニーは小さな声で言った。昨日、失態を見せてしまった。だから恥ずかしい。シリルは一体何をしに来たんだろう。まさかあたしを笑うため――弱ったあたしを確認するため――。違うよね。シリルはそんな嫌な子じゃない。


 でもどういう顔をすればいいのかよくわからない。


 アニーははたと自分の立場を思い出した。ここは店で、あたしはこの店の店員だ。シリルは客だ。だから客をもてなさねばならないのだ。いつものように。


「どのような品をお求めですか?」

「……あのね、アニー」


 シリルは言った。戸惑っているようだった。たしかに、シリルとあたしは友達なのだから、このような呼びかけはおかしいのかもしれない。


「……怒ってる?」


 おずおずとシリルはアニーに尋ねた。アニーは短く言った。


「なんで?」


 怒ってなんかないけど。少なくとも自分ではそう思ってるけど。でも怒ってるように見えるのかしら。


「昨日、僕が君をからかったから」

「そんなこと――どうでもいいのよ」


 昨日はどうでもよくなかったけれど。シリルの言葉に返事をしながら、アニーは思った。いや、今日の朝も具合がよくなくて、どうでもいいって感じではなかったけれど。でも今から考えると大したことないじゃない。


 あたしが雷が怖くて、シリルの中のあたしの評価が変わったとして、それが一体なんだというの。


「その……」もじもじしながらシリルが言った。「君に贈り物をしたくてね」


「贈り物?」


 アニーは驚いた。突然、シリルはどうしたのだろう。何をくれるというのだろう。


 シリルはポケットから小さな何かを取り出した。


 ほっそりとした、円錐形の鉱物だ。奇妙な形の石――いや化石だ。よくある化石で、アニーには見慣れたものだった。


「ベレムナイトね」


 アニーは言った。シリルは化石をアニーのほうへ差し出し、言った。


「そう、それ。そんな名前の謎の化石」

「ジェーンさんはイカの化石じゃないかしらって言ってるわ」

「うんじゃあそうだ、イカなんだ。だからつまりこのイカをね、君にあげよう」

「……ありがとう」


 アニーはよくわからぬままに、イカを、ベレムナイトを受けとった。


 しばし、二人の間に沈黙がただよった。そして先に口を開いたのはシリルのほうだった。


「昨日はごめんね」

「何? なんの話?」

「君をからかったりしてさ」


 アニーは笑った。シリルは気にしていたのだ。ばつの悪そうな顔をしたシリルを、はげますようにアニーは笑った。


「全然。気にしなくていいのに」


 それにあたしだって悪かった。シリルはさして悪いことをしていないのに、あたしは怒って、シリルを置いて去ってしまった。


「だからこれをくれるの?」アニーは手の平の化石を見て言った。「お詫びの印に?」


「うん」シリルはいまだ居心地が悪そうだった。「僕が幽霊を怖がったとき、君は僕を笑わなかった。でも僕は君を笑ったんだ。そういうのって……フェアじゃないだろ」


 アニーは笑い出してしまった。


「あなたって……なんていうか、きまじめなのね!」


 そういう、変なところで杓子定規で……。アニーは笑ってしまったが、あわてて笑いを引っ込めた。ばかにされていると、シリルが思ってしまうのは困る。

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