2-6
「クラークさんはやっぱり地質学者になろうかなって言ってたよ。その時は姉さんがすごくよい伴侶になると思う。姉さんはひかえめで、でしゃばりじゃないし、夫を支え導くとてもよい妻になると思うよ」
「そうね」同意をした後、アニーは思いきって言った。「ね、帰りましょうよ。雨が降るわよ」
「なんだかやけに天気のことを気にしてるんだね」
アニーは歩きはじめた。シリルも向きを変え、それについていく。
「ぬれるのいやでしょ」
アニーは言った。もっとさっさと歩きたいところだけど……シリルが隣にいるのでそれはやめておく。
「いやだけど。でも別に多少ぬれたってどうってことないじゃないか」
「多少ならね」
ますます辺りは暗くなっていた。雲は厚く薄黒く、今にも雨粒が落ちてきそうだ。雨粒だけじゃなくて――いいえ、考えないことにしなくては。アニーは強くそう思った。
「雷が鳴りそうだね」
ふいにシリルが言った。アニーはぎくりとしたが、平静を装った。
「そうね。だから、早く帰りましょう」
「……ひょっとしてアニー、雷嫌い?」
「雷? 私が?」
アニーはうろたえていた。けれどもそれが表に出ていなければいいけど! とアニーは強く思った。声の調子がおかしくないかしら。ううん、でもシリルはきっと何も気づいていない――。
「嫌いではないわ。そんなの全然、平気――」
その時、遠くからかすかに雷のような音がした。アニーは口をつぐんだ。早く家に帰らなくっちゃ――。
「そうかなあ」
面白そうにシリルがアニーを見る。その表情やたらにいらだたしかった。
「平気よ。何を言って――きゃっ!」
またも音がした。今度ははっきりと雷だ。ゴロゴロと、大空を何かが駆け抜けていくような音。先ほどのものよりもよほど大きかった。アニーは思わず悲鳴をあげた。
シリルがはじけるように笑顔になった。
「なあんだ、アニー、雷怖いんだ!」
「あたしは――」
アニーは真っ赤になった。シリルが笑っている。あたしを見て笑ってる。あたしは――勇敢な女の子だったはずなのに――。シリルはあたしのこと、勇敢だ、って言ってくれたのに――。
「あたしは先に帰るから! さようなら!」
そう言ってアニーは走り出した。背後から自分を呼ぶシリルの声がする。けれども無視だ。アニーは器用に石ころだらけの海岸を駆けた。アモンもその後を走る。
坂道を上って家にたどりつき、アニーは自分のベッドに倒れ込んだ。また雷の音がした。前よりももっと大きく、そして近くなっているようだった。
雨が降り出す。雨はたちまち強くなり、アニー一家の小さくて粗末な家を叩いた。
雷――。また雷が鳴った。一段と大きな音だ。アニーはきゅっと体を小さくした。雷が怖いの。そうあたしは雷が怖い。昔から。
昔――恐ろしい目にあったから。でもばかね。あれはずいぶんと昔のことじゃない。あたしがまだ1歳くらいの頃。覚えてもない遠い記憶。でも話は何度も聞かされた。だからあたしはそれを頭の中で想像して――想像は、いつしかほんとのことみたいになってた。
目をつぶると先ほどのシリルの笑顔が浮かんできた。シリルが笑ってる――それはすごく悪意のある笑いというわけではないけど、シリルとしては、友人の少し面白い弱点を見つけた、くらいのものだろうけど、でも――。
シリルに雷が怖いことを知られるのはいやだった。なぜかはわからない。でもあたしはシリルにとって、勇敢で、化石に詳しくて、子どもなのにしっかりしていて――そういうすごい存在でいたかったのよ……。
――――
雷はしばらくするとどこかに行ってしまったが、強い雨は夜になってもやまなかった。
雨がざばざばと打ちつける中を、アニーは眠った。眠りは浅く、嫌な夢をとぎれとぎれに見た。
雨――雨が降っている。強い雨だ。ぽつぽつと降り出した雨がだんだん強いものになっていったのだ。
人々は雨を避けてあちこちに避難していた。それはお祭りの場だった。町の楽しいお祭り。小さなアニーも近所の女性に連れられてやってきたのだ。
お祭りの最中の強い雨に、人々は不満をもらす。雨をさけられそうな場所を探す。辺りは薄暗い。
アニーは近所の女性に抱かれていた。お祭りの会場には大きな木があり、女性はアニーを抱いたままその下に入る。木の下には他に三人ほど女性がいる。お互い、困りましたね、雨はいつやむんでしょうね、などと言いながら空を見る。
その瞬間――目を焼く鋭い稲妻、そして轟音――……。
アニーは気付けば地面に放り出されていた。地面に横たわったまま、アニーは泣くこともできない。人々の騒がしい声がする。足音、恐怖の悲鳴、助けを呼ぶ声――そして雨。
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