2-5

「僕の幽霊も慣れの問題だと思うんだよ」


 たいへんまじめな顔でシリルが突然言った。アニーは戸惑った。


「僕の幽霊?」


 一体、急になんの話なんだろう。シリルは重々しくうなずいた。


「そう。僕の幽霊に関する問題。僕は幽霊が怖いわけじゃなくてね――つまり慣れていない。慣れていないものに対しては、どうしても苦手意識を抱いてしまうんだ。つまり、アニーの言ってたことはそういうことだよね?」

「うん……まあそうかな……」

「慣れればいいんだと思う。慣れてしまえば――幽霊も怖くないだろうね」

「でしょうね」

「幽霊に慣れるにはどうすればいいかな」

「えっと……」


 洞窟に入って、幽霊に会ってみるというのはどう? とアニーは思ったが、口に出したりはしなかった。


「中は暗いよ」


 足音がして、クラークが洞窟の中から出てきた。アニーはその姿を見てほっとした。幽霊にも、ぬすっとにも、会うことはなかったようだ。


「こんな昼間だというのに」クラークそう言って、まぶしそうに目を細めた。「中は暗い。灯りが必要だな」


「ええ、そうなんです。最初に言っておけばよかったですね」

「また後日、出直すことにするか」


 クラークはあっさりと肩をすくめた。そして自分の足にじゃれつくアモンを見下ろした。


 アニーが笑って言った。


「アモンが無事の帰還を喜んでます」

「おおよしよし、我がかわいい友よ」


 クラークは笑顔でアモンをなでた。


「ほんと、何事もなくてよかったよ」


 シリルも言った。クラークは豪快な笑顔を見せた。


「何事などあってたまるものか。ところでもし、私に何かあったらお前たちはどうするつもりだったんだ?」

「えと……勇気を振り絞って……」

「助けに来てくれるか?」

「ううん。助けになってくれそうな人を呼びに行く」


 クラークはその答えが気に入ったようで、大きな声で笑い、今度はシリルの頭を乱暴になでた。


「何するの!」シリルが憤慨する。「……まあでも僕はそんな感じだけど、アニーは勇敢だからね。アニーは洞窟に飛び込んでいくと思うよ」


 勇敢? アニーは少しこそばゆくなった。シリルはあたしをそんなふうに思ってるんだ。悪くない……これもまた、なんだか悪くないな。


 アニーは心持ち、背筋を伸ばした。




――――




 それからしばらくの間、シリルは海岸に姿を現さなかった。エリザベスもクラークもだ。アニーはそのことを少し気にしながらも、あまり気にとめないようにして自分の仕事を続けた。


 その日は天気が悪かった。海岸で化石を探しながらも、アニーはしばしば空を見上げた。朝から雲が空を覆っていたのだ。それが次第に厚みを増している……。


 雨が降るかもしれないわ。アニーは思った。雲はどんどん多くなり濃くなり、日の光もだいぶさえぎられてきた。


 早く帰ったほうがいいかも。ひどい雨になるかも――。


 アニーは足元のアモンに声をかけた。


「今日はもうおしまいにしようか」


 アニーはくるりと向きを変え、家に向かって歩き出した。そしてすぐにこちらに向かってやってくる人物に気づいた。


 シリルだ。久しぶりにシリルが海岸に来ている。


「アニー!」


 シリルがアニーに声をかけた。だいぶ近づいて、シリルははつらつとした顔でアニーに言った。


「久しぶりだね」

「ほんとね」


 アニーは笑顔になった。シリルに会えたのは嬉しい。が、今日は早く家に帰りたい。


「クラークさんが来てただろ? 彼と家族と一緒に旅行に行ってたんだよ」

「そうだったの」

「それでクラークさんはもう自分の家に帰っちゃったけど。アニー、君はいつも熱心だねえ」

「そうね。でも今日はもうお開きなの。雨が降りそうでしょ」


 シリルは空を見上げた。


「そうだね」


 簡単にシリルは言った。天候のことはさほど気にならないようだった。


「馬車に乗ってみんなであちこち見て回ったんだよ」シリルは天候のことより、家族旅行の話がしたいようだった。「楽しかったよ。地層とかも調べたりしてね。化石もいくつか見つけた」


「よかったわね」


 アニーはそっけなく言った。早く帰りたいのに……。雨が降りそうだし、雨だけじゃなくて、ううん、雨は別によいのだけど、それ以上に……。


「クラークさんと旅するの楽しかったよ! あの人は恐れ知らずで疲れ知らずでいつも明るいし。姉さんも楽しそうだった」

「そうなの」


 アニーは少し笑顔になった。エリザベスさんの結婚がうまくいきそうなのはよいことだ。あたしから見ても、クラークさんはそんなに悪いお相手じゃないように思うし。

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