2-4

 三人と一匹は歩き、クラークはアニーに化石のことなどを尋ねた。そして話題はいつしか、海岸にある小さな洞窟のことになった。


「君はそこに行ったことがあるのかい?」


 クラークがアニーに尋ねた。アニーは「はい」と答えた。


「子どもの頃に何度か、父と兄に連れられて行きました。小さな洞窟で、特に面白いものはありません」

「幽霊が出るんだって?」


 クラークの言葉にアニーは苦笑した。


「そういううわさもあります。あたしは見たことありませんけど」


 町では有名な話だ。海岸にある幽霊の出る洞窟。だからあまり人が近づかない。


「僕もそれはうそだと思うな」


 シリルが言った。クラークがくすくす笑った。


「シリルは幽霊が怖いんだよな」


「いや、怖くないけど」まじめな顔をしてシリルが反論する。「怖くなんかないさ。ただ、幽霊などという非科学的なものを信じてないだけ」


「ドラゴンは信じてるんだろう?」

「今の世にはいないかもしれないけど、昔はいたかもしれないじゃないか」

「ちょっとその洞窟とやらに行ってみるか」


 明るく、クラークが提案する。シリルが顔をしかめた。


「僕は洞窟に入らないけどね……」

「外で待ってればいいさ」


 洞窟か……。アニーも気乗りがしなかった。あたしも幽霊なんて信じてないけど。でもあの洞窟は好きじゃない。何か、いやな気配がする。


「行ってもいいですけど……」アニーがしぶしぶ言った。「でもあまりおすすめしません。面白いものはないんです。それに――」


「幽霊がいるし」


 茶化すようにクラークが言う。アニーは首を横に振った。


「いえ、幽霊がいるかどうかは知りません。でも町の人間はあの洞窟にはあまり近づきません。ということは、治安が良くないということではないでしょうか」

「ふむ。盗賊のねぐらになっているかもしれないな。もしくは海賊」

「昔、海賊が盗品を隠すのに使っていた、とかはあるかもしれませんね」

「どうせねぐらなら、ドラゴンのねぐらがいいよ」


 シリルが言った。「ひょっとしたら、本当に、その可能性がない? どうかな、アニー」


「どうかしらね」


 アニーはあいまいに笑った。太古の昔から、あの洞窟があって、そこにドラゴンが丸くなって眠って――なかなかかわいらしい光景かもしれない。


「ドラゴンは海の中にいるんだろう?」


 クラークが尋ねた。シリルはまじめに答えた。


「洞窟も海の中にあったんだよ」


 太古の海の中に、小さな洞窟があって、そこに暮らす海のドラゴン。海にはウミユリやヒトデやアンモナイトたちがいて、たくさんの魚が泳いでいて――。


 アニーは想像した。やっぱりかわいいかもしれない。




――――




 アニーたちははそぞろ歩き、いつのまにか件の洞窟の前まで来た。


 洞窟の入り口は小さく、ぽっかりと暗かった。中まで光が届かないのだ。


 日は高く、よく晴れ、辺りは明るく風は穏やかだった。でもこの洞窟はなんだか不吉だわ……とアニーは思った。いけない。あたしも迷信を信じているのかしら。幽霊が出る、なんて話を。


「僕は入らないからね!」


 洞窟の前で立ち止まってシリルが断言した。クラークは鷹揚にうなずいた。


「いいさ、待ってなさい。そちらのお嬢さんも」クラークはアニーを見てウインクをした。「中にぬすっとがいるといけないからね」


「ええ、本当に気をつけて……」


 アニーが言う。クラークはあっけらかんとして笑った。


「平気平気。こちらだって、体をきたえてるんだ。ぬすっとに会ったらやっつけてやろう」

「もしかなわなかったら?」


 おそるおそるシリルが尋ねる。クラークは平然と言った。


「そりゃその時は全速力で逃げるまでさ」


 クラークが洞窟に入っていくのを、アニーとシリルが黙って見送った。彼の姿が闇に消えると、アニーがつめていた息を吐き出すようにシリルに言った。


「なんというか……ユニークな人ね!」

「だよね、魅力的ないい人だと思わない?」


 シリルが嬉しそうに言った。アニーはどう答えるべきかわからなかった。いい人? まあ悪い人ではなさそう。無邪気で素直で、明るくて――。


「なぜ姉さんはあまり嬉しそうじゃないんだろう」


 シリルはぽつんと言った。アニーが尋ねる。


「結婚のこと?」

「そう。すごくいやというわけでもないみたいだけど」

「そういうものなのよ、前にも言ったけど。結婚前の女性はみなそうなの。環境がすごく変わってしまうから、いろいろと考えたり悩んだりすることも多いのよ」

「慣れの問題なのかな」

「そうかもしれない。結婚してしばらくして、その生活が普通になれば、あなたのお姉さんは幸せな新しい人生を楽しむことになるわ」

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