2-3
「クラークさんは犬が好きなんだよ。犬と馬と狩猟が。猟犬も飼っててね、すごく頭がよくて機敏なんだ。アニーにも見せてあげたいくらい。アモンとは少し違うなあ」
「アモンだって頭がいいわよ」
アニーがシリルの言葉に反論した。アモンはすっかりクラークを気に入ったようで、ぴょんぴょんと跳びついている。
「化石採集も何か狩りのようだとも言えなくもないかな?」クラークが立ち上がり、楽しそうな顔でアニーを見た。「猟犬が必要なように、化石を追う犬が必要ということも……」
「犬が化石を追うだなんて」アニーが吹き出した。「ゆかいなことをおっしゃるんですね。犬はそんなことしませんし、化石だって足が生えて逃げ出したりしません」
「ふむ。ではこのかわいらしい犬くんは、何のためにここに?」
「アモンは役に立つんですよ」アモンのことを自慢したくなって、アニーは張りきって言った。「たとえば大きな化石を見つけたとするでしょう? 持って帰るのに人手が必要なような。そんなときあたしは人を呼びに行きますし、アモンは化石のそばに座って目印になって、化石を守ってくれるんです」
「すばらしい犬だなあ!」
クラークがアモンを見て、感嘆の声をあげた。アニーはすっかり嬉しくなった。と同時に、このクラークさんって人、いい人だわ、と思った。
ああ、でも、エリザベスさんはこの結婚を前に、少し沈んでるのよね。そうシリルが言ってた。どうしてなのかしら。たしかにクラークさんは声も体も大きくて、もの静かできゃしゃなエリザベスさんとは違うけど……。
アニーは一緒にいるところを想像してみた。クラークさんが大船なら、エリザベスさんはそのそばによりそう小舟だわ。大船に振り回されてしまうことも……ひょっとしたらあるかもしれない。
「私も化石の勉強中なんだよ」
クラークがアニーに言った。「エリザベスの影響なんだ」
「エリザベスさんは、化石に詳しいですよね」
アニーは言った。うちにおいでよ、とシリルに言われたものの、まだそれは実行していない。何かと理由をつけてはぐらかしている。どうもなぜか――気後れしているのだ。でもエリザベスのスケッチやコレクションは見たい。
「そうなんだよ! エリザベスはきれいなだけじゃなくて、賢いんだよ!」
クラークは大きな声で言った。婚約者に対する手放しの称賛に、アニーは一瞬面食らって、けれどもすぐにかわいらしいことだわ、と思った。
「クラークさんは姉さんのことが好きなんだよ」
からかうようにシリルが言った。クラークがうなずく。
「そりゃそうさ。好きじゃなかったら結婚なんてするもんか。エリザベスはそれだけじゃなくて――私をよりよい人間に変えてくれる存在でもあるんだ。私は今まで真面目に勉強というものをしたことがなくてねえ」
クラークは苦笑し、言葉を続けた。
「遊ぶことは大好きなんだ。特に戸外の遊びがね。でもどうも、室内で座って本を読むのは苦手だ。でもね、エリザベスに出会って知ったんだ。そういうことの貴さを――」
クラークは目を遠くに向けた。美しい婚約者のことを思い出しているのかしら、とアニーは思った。クラークの話は続く。
「それにエリザベスはただ家にこもっているだけじゃない。彼女は外に出て、地層を観察したり化石を探したりするのが好きなんだ。我々には共通する部分もあったというわけだ。私はエリザベスから地層や化石についていろんなことを教えてもらったよ。楽しいことだったなあ。我々は共通の楽しみを見つけたんだ! これは結婚生活を続けていくうえですごく大事な要素だろう?」
クラークはシリルを見たが、シリルは「僕、結婚したことないからわかんないや」と言っただけだった。
「あと何年かしたらお前もわかるようになるさ」
クラークはシリルに優しく言った。
三人と一匹はゆっくりと歩きはじめた。天気はよく、さわやかな風が吹いていた。アニーはこの突然の客をすっかり受け入れていた。
「地質学者になろうと思うんだよ」
唐突にクラークが言った。「地質学はまだ若い分野なんだ。一生懸命勉強すれば、今からでも、私がその世界へ入っていくことは可能かもしれない。エリザベスの導きによって――」クラークはアニーとシリルを見た。「君たちもそういう人に出会えるといいねえ」
しみじみとした言葉だった。アニーは少し苦笑した。クラークさんはエリザベスさんにべたぼれで、もうすっかり幸せな気持ちになってるんだわ。でもそういうのは……悪くない。
なのに不思議。エリザベスさんが憂鬱だなんて。
大人の世界にはあたしたちがわからない複雑な事情があるのだわ。アニーは思った。あたしもそのうちそういったことがわかるようになるのかしら。あと、何年かしたら。
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