2. 彼らは秘密を持っている

2-1

 アニーはその日も海岸で化石を集めていた。足元を見ているとふと、自分を呼ぶ声とこちらに近づく足音が聞こえた。顔をあげて見なくてもわかる。シリルだ。


「今日もいい天気だね、アニー」


 アニーが顔をあげると、予想通り、そこにはシリルがいた。そしてもう一人。エリザベスだ。エリザベスは手にスケッチブックと筆箱とおぼしきものを持っていた。


 レイトン姉妹の家でのお茶会からほどなく、シリルとエリザベスがベイカー化石店にやってきた。タイミングよく、ちょうどアニーが店番をしてきたときであった。


 二人は小さな店に入り、感心したように店内を見回した。


 アニーは内心得意になっていた。二人はおどろいているようで、それを見るのはこころよい。ね、すごいでしょ。すてきで、面白いものがいっぱいでしょ? ここは私の、私たち家族の、じまんの店なのよ。


「アニー、これは何?」


 シリルが棚の上を指差して、不思議そうに訊く。アニーはカウンターを出て、説明してやった。その説明をエリザベスも聞いて、話が途切れたところで、ひかえめにさらに詳しいことを尋ねた。


 小さな店にあるものを、そんなふうにして一通り説明していく。アニーにもすぐにわかってきた。エリザベスの質問が的確であるということが。エリザベスには化石の知識があって、その知識があるがゆえの質問をしてくる。とんちんかんなことは訊かない。


 エリザベスはいくつかの化石を購入した。シリルもピカピカにみがきあげられたアンモナイトを購入した。アニーは二人を見送り、そして、エリザベスに一目置いた。


 そのエリザベスが今日は海岸にやってきている。アニーを見て、「こんにちは」とほほえんだ。


「崖のスケッチをしようと思ったの」


 スケッチブックを見るアニーの視線に気づいたのか、エリザベスは言った。


「ここの地層をもっとよく観察したくて」

「ええ、たしかに興味深いですよね」


 そう言ってアニーは一瞬どきりとした。崖のスケッチ? ひょっとしたらエリザベスさんは「あれ」に……ベイカー家の今後がかかっている「あれ」に気づくかしら。


 エリザベスさんには化石の知識がある。ひょっとすると気づくかもしれない。でも「あれ」は兄さんが上手く隠した。ぱっと見には、ううん、よくよく見てもわからないはず。でもエリザベスさんが地層を見慣れているのなら……。


 にわかに不安になってきたが、アニーはそれを表に出さないようにした。


「姉さんは絵も上手いんだよ」


 横からのんきにシリルが言った。「家にはいろんなスケッチがあるよ。化石とか地層とか骨とか。いつか見せてもらったら? そうだ、アニー! うちへおいでよ!」


「え、えっと、いいの?」


 突然の申し出にアニーははっと我に返った。エリザベスもそばでにこにこしながら言う。


「どうぞ。お好きな時に」

「あの……今日は仕事をしなくちゃだから無理だけど、暇な時にね」


 アニーの心は「あれ」の問題から、ヒース家を訪ねるという問題に飛んだ。ヒース家……外からなら見たことがあるわ。立派な木々と庭園に囲まれた、すてきなお屋敷よ! あの内部にあたしが入ってもいいのかな……。


 でも招待を受けたことなのだし。いつか、せめてもうちょっと身ぎれいにして、訪問しなくちゃ!


「ねえ、アニー。ドラゴンを探そうよ」

「ドラゴン?」


 シリルの提案に、アニーは眉をひそめた。シリルがうなずく。


「そう、ドラゴン。エヴァンスさんが言ってたじゃないか」

「あー、あれね……」


 エヴァンスさんのたわ言……。といってはいけないけれど。エヴァンスさんの話はそれなりに面白くはあるけれど、真に受けないでほしい。


「ドラゴンじゃなくてね、ワニなの」


 アニーはまじめな顔でシリルに言った。「がっかりさせて悪いけど」


「ドラゴンかもしれないじゃないか。そもそもどんなワニなの?」


 シリルの質問にアニーはとまどった。


「えっと……大きなワニ」

「それだけ?」

「ワニはワニよ」

「今のワニとは違う形をしているかもしれないじゃないか。ワニの骨の化石は断片ばかり出てきてるよね。かけらしかないのだったら……誰もそれがどんな姿か、はっきりと言えないんじゃないの?」

「そんなことはないわよ。小さな骨からわかることはたくさんあるわ。でもたしかに――」


 アニーの頭の中に、再びまた「あれ」が出てきた。「あれ」は断片じゃない……そうじゃなくておそらく……。


「たしかに?」


 シリルが不思議そうに尋ねる。アニーがあわてて打ち消した。


「なんでもない。ともかく、小さな骨からいろんなことがわかるのよ」

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