第34話 生きていくために
恐らく平均的な父と母。
2人を前に座ったわたしは、畳に額をつけたまま声を発する。
「どうか、わたしを助けてください」
静かな時間だけが流れていく。
「あなたが思ってるほど簡単なことじゃないのよ?」
母は静かな声だったけれど、怒りをにじませていることがわかる。
「そうだと思います。わたしの覚悟なんてちっぽけで、打算的で図々しいことをわかった上でお願いしています。かかったお金は絶対に働いて返します」
「バカバカしい。話にならん」
父はあからさまに怒りを面に出した。
「……ごめんなさい。今までありがとうございました」
「菜々子?」
「高校を辞めて働きます。お金を貯めます。その後――」
「自分が言ってることをわかってるのか!」
「そうよ。辞めるって……卒業まで半年もないのに……」
「どうして看護師になりたいのか教えなさい」
「生きていくために」
看護師になろうと思った理由を、安易だと言われても、打算的だと思われても構わない。
ずっと額は畳につけたままの状態でいたから、父や母がどんな顔でわたしを見ていたのかはわからない。
長い沈黙が流れた。
何か言葉をもらうまで、それがどういう結果であろうと、頭をあげることはできない。
でもやがて、父は重い口を開いた。
「……条件がある」
「条件?」
「お前が本気なら、地元の国立大学の看護科へ行け。そうしたら、金銭面もそれ以外も援助してやる」
わたしがいきなり進路変更を言い出したから、もらっていた学校推薦は蹴ることになる。そのため学校へ謝罪をしに行かなければいけない。
授業料の支払いはまだだったけれど、入学金は払ってしまっていて、これは入学をやめても戻って来ない。
全てがどんなに勝手なことか、わかった上でのお願いだった。
でも看護専門学校ではなく国立大学の看護科……
父が国立大学へ進むことを条件としたのは、わたしの成績では到底受かることができないことを知っているからなんだと思った。
専門学校なら3年で卒業できるのに、大学の看護科だと4年かかる。
その間援助をしてくれるなんて、そんな両親にだって負担がかかることを言い出すなんて、国立大学へ合格するのが無理だとわかってるからだ。
それでも、わたしはこのチャンスが欲しい。
「わかりました。お願いします」
「お父さん、こんなの認めるなんて……今ならまだ……」
「『今ならまだ』?」
黙り込む母に父は言った。
「本当にそう思うのか?」
父のその言葉に母は首を振った。
「この子をこんなふうに育てたのは私達なんだから。その責任を果たすしかない」
「……そうですね」
父が居間を出て行ってから、母はわたしを見て言った。
「バカね」
「ごめんなさい、お母さん」
元々大学は行くつもりでいたけれど、「みんなが行くから」なんていい加減な理由で、行きたいところがあるわけではなかった。
だから「受かるところ」が第一志望で、推薦で学校が決まる前も、決めた後も、勉強なんてして来なかった。
看護師になるためには専門の勉強が必要となる。学校に通う間も、全てを親に甘えようなんて身勝手にもほどがある。
自分でもそんなことわかっている。
記念受験のつもりで出していた共通テストの願書が、こんなところで役に立つなんて思ってもみなかった。
遼にメッセージを送ったけれど、やっぱり返信はないまま。
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