第7話 月の夜に

 それから少し経った夜。


 私と彼は、屋上に居た。

 月はこないだより随分と肥え、半月と満月の間くらいの、レモンみたいな形をしている。


 空はよく晴れていたが、月が明るすぎて、星はまばらにしか見えない。



「どう?TAKURO🏴‍☠️。少しは何か思い出した?」

「その名で俺を呼ぶんじゃねえ、真面目に死にたくなる」


 車椅子を押す私が、せっかく優しく話しかけてやっているのに、彼はそういって毒づいた。


 あれから、彼の素性を裏付けるため、かの代表作の出版に携わった担当の方に面通しに来てもらった。

『うん、間違いないよ〜。イヤ〜、TAKURO🏴‍☠️(ドクロ)ちゃん、元気してたー?あ、病院にいるんじゃ元気なわけないよね、あはは。

 ねね、またいいの書けたら持ち込んでヨ⭐︎b(オヤユビ)

 え、記憶喪失なの!?マジであるんだそういうの。ウケるwwww(笑)』


 ひどく軽いノリの彼を見送った後、TAKUROはさらに深く打ちのめされていた。


 何故なら、

 その彼に本名(=吉元拓郎よしもとたくろう)を教わっても、ようやく連絡のついた家族がお見舞いに来てくれても、(これで入院費を取りっぱぐれることはなくなったと、師長はご機嫌だったが)やはり、本人は何も思い出せなかったから。


「……なあ、松井氏」

「なあに?TAKURO🏴‍☠️(ドクロ)」


「だから、その名で呼ぶのはやめろ!

その(ドクロ)もだ!


 俺、せっかく松井氏が思い出してくれて、色々分かったのに、ずっと頭にモヤがかかってるみたいな感じでピンとこなんだ。

 自作だという小説も、読んでも嫌悪感しか湧かないし。

 やっぱり、そのラノベ作家は別人なんじゃないか?

 実はこれタイムリープで、俺はもう何回目かの……」


「うん、違う」


 きっぱり否定してやると、彼はガックリと頭を垂れた。


「あのさ、TAKURO。あんたが他人に毒を吐く割に、繊細で傷つきやすいタイプなのは分かるけど。

 いい加減向き合った方がいいよ?

 あんた、吉元拓郎は、TAKURO🏴‍☠️という少々イタい名前でライトノベルを書き、そして割と有名になった。すごいじゃん。

 イージーモードで他人を嘲笑ってちゃ、絶対に出来ないことだよ。逃げないで努力した結果だよ」


「む……」


「そりゃ、たまには死ぬほど恥ずかしくて、情けなくて、全人類の前から逃亡したくなる時だってあるけどさ。

 あ、ちなみに私もしょっちゅうあるけど。帰って寝て、次起きた時には忘れるもんよ」


「……ディスられているのか、励まされているのかよく分からんが。


 強いんだな、松井氏は」


「当たり前!強くなけりゃ、リアルで看護師なんかやってらんないもん」


 彼は再び、夜空を見上げた。

 月に映える綺麗な横顔が、どこかすっきりとして見える。


「何かさ。松井氏とこうしてると、ちょっとずつ思い出してきた……ような気がする。

 月の光にはそういう作用があるのかも知れないな」

「えー、ホント?良かったじゃん」


「うん。……それでさ俺、あと半月くらいで退院できるらしいんだ。

 で、だ。

 その後も……あの、たまにこう……月見というか、

 その、君と一緒に月見というか……

そういうことをするのは可能だろうか?

そのっ、あくまで思い出すためにだが!」


 何故か急にしどろもどろになった彼に、私は胸を張って答えてあげた。


「何言ってんのよ水臭い。勿論いいわよ。私たち友達じゃない。

 失われたあんたの記憶を呼び戻すために、全面的に協力するって!」

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