第6話 ヤマダタロウの正体

 明日後。

 203号室を訪れた私は、思わず首を傾げた。


「あれ?」


 ここの住人は確か、ヤマダタロウ氏に、再入院の市橋さん、1週間前にアル中で入院した川根さん。


 確かに、ベッドはみっつ埋まっているが……

ヤマダいないじゃん。


 さては、包帯が取れたと同時に夜逃げしたのか?


「ねえ市橋さん、ヤマダさんは?」

「え、あの〜……」


 モジモジとして俯いてしまった市橋さんに代わって、アル中の川根さんがダミ声を上げた。


「なーに言ってんだ、ヤマダなら目の前にいるじゃねえの。

 何だ、松井ちゃんも俺と同じ、酔っぱらいかァ?」


「ちょ、川根さん。病院で飲んじゃダメじゃないですか!

 って……もしかしてアナタ?

 あなたがヤマダ氏?」


「いかにも。一日ぶりだな、松井氏」


 ヤマダだ!

 私は思わず身を乗り出した。


「やだー、全然思ったのと違う。

 それならあんた。全然悩む必要ないって!そりゃあ、目の覚めるようなイケメソって訳じゃないけどさ。十分見れる、このまま現世でも頑張れるよ、うん!」


 包帯を取ったヤマダは、事故の痛々しい傷跡は残っているものの、普通に、いや、普通以上に整った顔立ちとスタイルを持っていた。

 顔だけ見れば、TL乙ゲー専門で鳴らした私が、十分アリなレベルだ。


「……。

 松井氏はどうしても俺を容姿コンプレックスによる転生希望者にしたいらしいな。

 いいか、俺はな、最初からひとっ言もそんなことは言ってないからな!」


 ただし、喋らなければの話だが。

 相も変わらず憎まれ口を叩くヤマダを、もう一度見直した時だ。



 ん!?



「私、アンタのこと知ってるかも」


 思わず口をついて出た私の発言に、市橋さんと川根さんが、ぱっとこちらに注目した。


「何っ、まさか幼なじみとか何かか!

 はっ、これは!記憶喪失からの幼なじみ(≒可愛い・エロい・処女)との再会……そういう展開なのかこれは?!」


「ううん、違うわ」

 私はキッパリと首を横に振った。


「あなた確か……アレよホラ!2、3年くらい前。

『悪役令嬢に転生したので死亡エンドを回避するために辺境男爵に嫁いで農業することにしましたが、何故か隣国の王子に見初められ、国政を取り仕切ることになりました』

 で一時期話題になって!

 さらに、その時の授賞式で燥いでる写真がSNSに流出し、イケメンだと話題になり、本人も一世風靡して!

 さらにその後、あの作品は“盗作ダー”と主張するやからに粘着され、以来ピタりとヒットが止まった残念なラノベ作家、『Takuro🏴‍☠️』じゃない?!」


 私の弾んだ声が、しん、と静まった部屋に響く。


 私は、なおも勢いこんで喋り続けた。


「いやー私さ、めちゃタイプの顔だったもんで。

 あの頃、ずーっとSNSチェックしてたの。だから絶対に間違い無いわ。

 あー、素性が分かって良かった良かった。

 あ、そういえばさ、そのラノベの山の中にアンタの代表作『悪役令嬢が〜』があるはずよ。

……ん、どうした?」


 ルーツが分かって喜んでいると思いきや、ヤマダ=Takuro🏴‍☠️は、何かに打ちのめされているようだ。


 自分のベッドで聞いていた市橋さんが、小声で呟いた。


「何て残念な略歴なんだ……」

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