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「今日はショッピングモールに行こうかなと思ってるけど」
と私が言うと、栞はバターと苺ジャムの塗られたトーストを齧るのを止めて、私の方を見る。
「何か買い物?」
と彼女が訊ねる。
「特別何かってわけじゃないけど、栞とはよく行った場所だから。どう?一緒に行かない?」
「うん、行く」
出掛ける準備を済ませてガレージの車に向かう。車を見て栞が驚いた表情を浮かべる。
「これみーちゃんの車?」
真っ赤なフェアレディZ。確かに私の外見的な印象と比較すると不釣り合いと思われても仕方がない。
「変…かね?」
と私が不安を乗せて訊ねると栞はぶんぶんと首を横に振る。
「違う!ものすごくカッコいいと思って」
「運転は期待しないでね」
「あんまり飛ばされてもびっくりしちゃうよ」
ショッピングモールまでは車で十五分。
久々の運転で多少の緊張はしたけど無事に到着。
「大きいね」
と栞はモールの外観を見上げる。私の知っている栞にとって、もう随分見慣れた建物のはずだけど、これほど新鮮に反応できるとは彼女の記憶は喪失は相当深いものなのかと思う。
「案内してよ」
と栞が浮足気味に入口を目指す。私もその後を追う。
入口近くのペットショップで犬や猫を眺め、栞が好きだったブランド、靴屋、生活雑貨店、書店、ヴィレッジヴァンガードと二人でよく歩いたルートを回る。栞は楽しそうだったが、何か思い出せそうな感じはしなかった。
「お昼にしようか」
と栞を連れてフードコートに向かう。
「二人別々のお店でも良いけど」と提案したが、決められないと言うのでファストフード店でバーガーのセットを二つ注文する。私はフィレオフィッシュ、栞はテリヤキバーガー。セットが私たちの前に並ぶといつもの光景だなと思えて、栞に記憶がないことを不思議に感じる。そして栞は初めて食べた様に感激を顔で表現した。こんな表情が見れるなら記憶喪失だって悪くない、というのは私のエゴだろう。食事を済ませて、そろそろトレーを片付けようかと思っていると年配の女性が近づいてきて
「あら、神野さんところの娘さん。元気?」
と言って栞を見て、それから私にも会釈する。確か近所に住む
「実は栞、喉の手術をしたばかりであまり声が出せないんです」
吉永さんは胸に手を当て、心を痛めた様な表情を浮かべる。
「あら、お気の毒に。お大事にね。それと、
そう言って吉永さんは会釈して立ち去った。私も立ち上がろうとすると栞が私の袖を引き
「今のは?」
と訊ねてくる。座り直して私は簡単に吉永さんの説明をする。
「私の家もこの近くなんだ?あと晃一さんって…?」
「家はこの近くだよ。晃一さんは栞のお父さん。血は繋がっていないけど」
「お父さんはどうしてるの?」
普通心配で駆けつける、と言いたいのだろう。
「晃一さんは今遠方に行っていてね、家には誰もいないの。だから栞を私が引き取ったんじゃない」
「なるほどね。お母さんは?」
「お母さんは、数年前事故で亡くなったの」
「そっか…そうなんだ」
「ショック…だよね?」
「いや、本当はそういう反応すべきなんだろうけど、正直ピンとこないな。なんか不思議。今度家にも行ってみたい」
「良いよ」
トレーを片付けて、そろそろ帰るかと駐車場に向かおうとすると、栞が映画館の前で立ち止まった。
「良い匂い」
「ポップコーンの匂いだね。そう言えば栞、ついこの間観たい映画があるって言ってたっけ」
そう言って上映作品一覧を見てみる。見つけた。確か主人公が亡くなった女性の遺骨を持って、女性の行きたがっていた海に撒きに行く話だ。筋を話すと栞は、
「観たいかも」
と言った。上映開始時間は丁度間もなくだ。
「今から観よっか」
「え、良いの!?」
「こんなにタイミングよく上映時間なんだから、きっと観た方が良いんだよ」
私はそう言ってチケットとポップコーン、栞の苦手な炭酸を避け、白ブドウのジュースを買い求める。そう言えばもしかして炭酸も飲めるようになってたりしないのかな。上映時間1分前に席に着く。平日の午後。田舎のショッピングモールの映画館。観客もまばらだった。照明が落ちていくタイミングで栞が私の手を握る。予告を終え、マナーの注意が終わり、やっと本編が始まる。
本編が始まり少しして、主人公が包丁片手に友人の遺骨を遺族から強奪するシーン。
栞の手から汗と緊張が伝わる。横を見ると、栞が潤ませた瞳を大きく開いて私を見つめていた。暗闇の中、映画の光が反射した涙が頬を伝う。程なくして手の緊張が解け、彼女の視線がスクリーンに戻った。私は彼女を見ていた。
およそ90分の上映時間を終え、映画館を出る。短いながらテーマのせいか少し疲れた。栞はどうかと見てみると、彼女は
「海に行きたい」
と言った。映画の中に出て来た海は美しいと言うよりも寂しげなものだったが、彼女の琴線に触れる何かがあったのだろう。
「いつか行こう」
栞は頷いた。
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