第27話 噂の出発点ってどこなんだろうね?
美織はサカキ小学生とその友人がいつ相談所に来訪してもいいように、ばっちりお菓子とジュースを用意して待っていた。けれども翌日、玄関にピンポンしていらしたのは、ふっくらしたおばあさまだった。
「孫がお世話になりまして。ご迷惑だったでしょう?」
ちょうどヒコが買い物に出ていた時だったため——日中なら美織も一人で相談所に取り残されてもへっちゃらになった今日この頃だ——美織が玄関先で対応したのだが、地蔵様の化身のような笑顔のおばあさまから「たいそうな護符を頂いたので」と茶封筒を手渡されてしまった。「はあ、どうもどうも」とペコペコして受け取ったものの……。
「げ」
中を見てたじろぐ。茶封筒を見た時から、なんとなく護符の代金かな、さすがに10円ではね、と予測していたとはいえ。
「い、一万円っ⁉」
やっちゃった……、受け取らなきゃよかった。
美織が座卓にガクっと覆いかぶさっていると。
「たっだいまー。あっれー、オリリンどうしたのっ、お腹すいちゃった、ごめんごめーんっ」
慌ただしい足音と共にヒコが帰って来る。エコバックのナイロンがカチャカチャ鳴る音に、突っ伏したままの美織が顔だけ向ける。開けっ放しの引き戸の奥、台所でヒコがせかせかと買ってきたものを片付けている。
「おかえり。空腹で力尽きてたんじゃないよ。これ」
美織が茶封筒を手渡そうと腕を伸ばすと、何かをレンチンしていたヒコが振り返り、「えー?」と受け取った。
「おわっ、お金だ」
「サカキ小学生のおばあさまから。もらいすぎだよね? 住所調べて返しに行こうか」
チンッと鳴る。「うーん」と言いながらヒコが電子レンジを開けると、ほわんと食欲が出る匂いが漂ってくる。
「肉まん?」
「正解。スーパー行ったら見かけたから買っちゃった。食べるよね?」
もうそんな季節か。
二人は、ほかほかの肉まんを座卓で囲み、例の茶封筒を見つめる。
「住所って、小学校に問い合わせたらサカキさんち、わかるかな」とヒコ。
「今時、教えてくれる? しかも神原相談所のものですけど、とか言って?」
カルトと大差ないのに、と美織がけなすと、ヒコは「もうちょっと信頼あるでしょ」と希望的観測をする。美織は「どーかなあ」と懐疑的だ。
「でも小学校には連絡したいことあるんだ」
と、肉まんを食べ終わったヒコが腰を上げて言う。
「小学校に何の用があんの?」
「用って言うか苦情? ほら、あの質の悪い怖い話。あれ、言いふらすのをやめるよう注意してもらおうと思って」
えーっ、と美織の反応はいまいちだ。
怖い話もそのうち流行が去るだろうし、放っておけば、と思う。
だって学校に苦情なんてして、もしも周囲にサカキ小学生が相談所の来たことがきっかけだと知られれば、あまり良いことにはならない気がする。チクったとかマジでびびってやんの、とか。悪口ならいくらでも浮かんでしまう。
「学校に言うのはやめときなよ。っていうか、『俺に任せとけ』なんて豪語してやるのは学校にクレーム入れるって話なわけ?」
「そ、そうじゃないけど」
今すぐ電話しそうな勢いだったヒコも、美織の言葉にしゅんとして腰を下ろす。
「俺なりに調べたんだよ。サカキさんはカノンちゃんに話を聞いたでしょ。で、そのカノンちゃんはケンくんから聞いたんだって。それからケンくんはお兄さんから話を聞いた。で、ケンくんのお兄さんってのは、小5のユウくんって言うらしい。で、そのユウくんは……」
っと、一日でよく調べたなというレベルで、リレーのように名前が続いていく。。
「……マイちゃんは中学生のお姉ちゃんのユイちゃんから聞いた。で、このユイちゃんは同級生のカオルちゃんから話を聞いたんだけど、カオルちゃんは弟のケンくんから話を聞いたんだって」
「待って。なんでケンくんに戻ってくるの?」
「わかんない。偶然同じ名前なのか、ケンくん三兄弟説なのか」
俺が辿れたのはここまで、とヒコ。
「結局さあ、噂の出どころってわからないもんなんだね。俺、力尽きちゃった」
へにょんと姿勢を斜めに曲げている。美織が「それでもまあよく調べたもんだよ」と言うと「褒めて褒めてー!」と背筋がぴんと復活し、頭を突き出してきた。何とはなしに「ほれほれ」と頭を撫でてやっていると。
「ミオリーぃ、来たぞー!」
外から呼ぶ声が。声がした掃き出し窓のほうを見やると、手を振る茶色いもふもふがいる。
げっ、と言ったヒコとは反対に、美織は「タヌちゃんっ」と大喜びで出迎えに行く。
「いらっしゃい。でも昼間に出歩いて大丈夫なの?」
「うん、おいらフツーの人間には見えねぇから。それに昼間のほうが明るくて危なくないしな。たまに車にはねられちまうタヌ友が多くてさあ。おいらも気を付けてんだよねー」
よっこいせ、と段差を上がり、居間に入って来るタヌキ。
「……出たな、妖怪」
低くつぶやいたヒコが、飾り棚から護符を取り出そうとしているが、その脇を美織が通り過ぎ、台所に向かう。
「タヌちゃん、良いところに来たよ。ちょうどお菓子とジュースが用意してあったんだ。一緒に食べよ」
「ラッキー、いただくぜー♪」
◇
コンビニの幽霊客、改め、妖怪大タヌキは、あれ以来、ちょくちょく美織を訪ねて相談所に顔を出している。ヒコが歓迎していなくても、タヌキは美織の茶飲み友達なのだ。ちなみに名前は「タヌ吉郎」なのだそうだが、美織はタヌちゃん呼びしている。
「ほーぅ、そんな話が
ぼりぼりとサラダ味の煎餅を食べるタヌ吉郎。座卓には煎餅の大袋、コーンパフのスナック菓子、堅焼きチップスが広げられ、グラスにはオレンジジュースが入っている。
「シトシト妖怪なんていないよね?」
サカキ小学生によると怨霊とのことだったが、いちおう妖怪仲間の可能性もあるので、聞いてみる美織。隣ではヒコが「コイツが来るとかゆくなる」と腕をさすっている。
「シトシトねー。おいらは知らねーな。たぶん童っちたちの作り話じゃねーかな」
「そっかあ。……ヒコ、あんた動物アレルギーなんじゃない? 向こう行ってたら?」
「動物は好きだもん。違う、こいつダニがいるんだって」
「私は平気だけど」
「そうだぞ、おいらにダニはいねって。キレイ好きだって何度も言ってるだろ」
ヒコが怨念こもった目でタヌ吉郎をにらみ、タヌ吉郎も張り合うように胸をそっているが、美織は気にせず会話を続けた。
「今ね、噂の出発点って探せないものだね、って話をしてたんだよね。まあそのうち怖い話ブームも去るだろうけど。一体、誰が言い出したんだろう」
「そうだな。おいらもちょっと興味がわいてきたぞ」
どうやら。
タヌ吉郎によると、ただの作り話も信じる気持ちが強まると本物に変わるという。
「ニンゲンの怖がる気持ちが妖怪として実体化するんだ。だからあんまり噂が広まっていくと、今は存在しなくても本当にシトシトさんが出てきちまうかもしれね、ってこと」
「えー、それはよくないね」
顔をしかめた美織がヒコを見ると、彼も難しい顔をして「よくないですね」とうなずく。でも、さっきからずっと腕をガシガシ掻いているので真剣みが軽い。
「ヒコ。掻くのやめたら? 真っ赤になってる」
「でもかゆいんだもん」
「お前、犬アレルギーなんだろ。タヌキは犬と近いからよ」
「えーっ。でもヒコって前に犬飼ってなかった?」
「動物好きだもんっ。コイツが来るとかゆくなるだけっ」
「おいら、キュートな動物だぞ」
「妖怪が動物ぶるなっ、汚らわしいっ」
タヌ吉郎とにらみ合いを始めたヒコだが、美織が「かゆみ止め塗ったら?」と心配すると甘えモードに転換した。
「オリリン、塗ってよぅ」
「腕くらい自分で塗れるでしょ」
「オリリーン、お願いだよぅ」
「……ハア、ほら腕だしな」
美織が虫刺されローションを塗ってやると、ヒコはご満悦。そのだらしない表情に、タヌ吉郎は「コイツ、手がかかる男だなあ」とあきれている。
「その点、おいらは頼りになるところをミオリに見せてやるよ」
と、タヌ吉郎はいつも提げているでっかいがま口を開くと中からスマホを取り出した。パパッと操作すると誰かと通話を始める。
「もっしー、ポン五郎? あのさあ、お前、童っちのダチ多いじゃん? ちょっと調べてほしいことがあってぇ」
——と、通話を終え。
「童っちに化けて一緒に遊んでる変わり者がいるんだけどさ。そいつに情報収集を頼んどいたわ。何か掴めたら連絡する」
タヌ吉郎はたっぷんとした腹をそって頼もしく言う。それから、ふふんっといった感じで、横目でヒコを見やったものだから、二人の間で火花が散った。が、美織は虫刺されのキャップを締めていたので気づかないのだった。
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