第28話 駆除したい相手って誰の話してるの?
タヌ吉郎が「んじゃ、まったなー、ミオリィ!!」と上機嫌で余った菓子類もたんまり持って相談所を去ると。
「あいつはもう呼ばないで欲しい」
腕をぼりぼり掻きながら文句を言うヒコ。美織は「あんたがいないときに来てもらうようにするよ」と、食い散らかした分の菓子袋を台所のゴミ箱に捨てに行く。
「オリリンっ、ひどいよ。俺がいない時に、他の男を招き入れるなんて!」
「タヌキじゃん」
「あんな腹の出たタヌキより俺のほうがカッコイイもん」
何と張り合ってるんだ、と相手するのをやめる美織。それでもヒコは「あいつ、ますますでぶちんになって、腹たぷたぷじゃん。見苦しいっ、全然可愛くないっ、俺のほうが数百倍カワイイ」と騒がしい。
コロコロしたタヌキは見苦しいというより可愛いのだが、それでも健康は気になるところではある。コンビニの店長とすっかり仲良くなったタヌ吉郎は足しげく通い詰めているらしく、今ではジャンクフード大好き妖怪になってしまったいた。
最初に会った時は、尻尾はフサフサでもボディは「タヌキのイメージからするとスリム」だったのに対し、今日見たタヌ吉郎の腹はたっぷんたっぷんで、ほっぺはパツパツの二重あごだった。
『人間の食べ物をそんなに食べて大丈夫なの?』
今日も美織は、それとなく注意したのだが、タヌ吉郎は「おいら妖怪だから。何食っても平気さ」と甘じょっぱい煎餅をボリボリ食べていた。聞けば激辛系もイケる口なのだとか。
「そのうちダイエットの相談を受けるかもね」
美織は笑うが、ヒコは「あんなの鍋にしたって脂肪が浮くばっかりで美味しくない」とよくわからない悪口を言っている。
「はあっ、まったくあいつはあいつで、どうにかしないといけなんだけど。オリリン、それより重要事項の相談しよ」
ヒコが座卓を叩いて合図するので、美織は仕方なく向かいに座る。「あのさ、オリリン」と組んだ手にあごを乗せ、やけに真剣な面持ちだ。
「俺たち駆除しないといけない相手いるじゃん? どうしてやろうかと思ってて。オリリン、希望のシメ方ある?」
駆除?……ああっ! 美織はピンとくる。
ヒコもついにその気になったか。
「瞬殺氷結撃退スプレーでも買ってみる?」
「そんなのあんの?」
「あるじゃん、ゴキブリ用とかの」
「でも人間サイズを凍らせる威力あるかな?」
たしかに。美織は「消火器サイズが必要かもね」とこの案は却下になる。
俺はね、とヒコが提案するので、美織はフンフンと真剣に応じた。
「口に火薬を詰めて爆破してやりたいんだけど、そうすると、まず山の中まで運ばないとダメなんだよね。そこが手間」
「散らばったら掃除が大変だもんね。っていうか火薬なんて簡単には手に入らないでしょ」
「やっぱ花火大量に買っても無理かあ。じゃあ縛って埋めるか海に突き落とすのが結局一番確実?」
うーん、と腕組みして悩んでいる。
しかし、いざその始末の方法で、となると、残虐だな、とさすがの美織も感じてきた。
「叔父さんに伝えて元居た場所に返してきてもらいなよ。一体、どこからあんなの連れてきたわけ?」
「一体どこからって……、オリリン、誰の話してる?」
「タケシでしょ?」
「違うよ、おじちゃんのペットを勝手に始末するわけないでしょ」
なーんだ。美織はがっかりした。
この家にもずいぶん慣れてきた。ぼやけて使い物にならない洗面所の鏡だって、花が咲いて散っていくカーテンだって、迫ったり引っ込んだりする羊たちの絵ですらも、今では何とも思わない。
でも蜘蛛男の夜散歩だけは、どうにも受けいれがたい。完全に寝てしまえば気にならないのだが、ふとした物音で目が覚めてしまうと、そこからなかなか寝付けなくなる。
「でもタケシじゃないなら、あんた誰の話してたの。爆破したいとか縛って海に落とすとか物騒なんですけど」
いつも小春日和のようにほわほわしているヒコの口から、そんな言葉が出てくるのは珍しい。誰をそんなに嫌っているのか、と美織は不思議に思ったのだが。
「オリリンの元カレに決まってんじゃん」
目を丸くしながら言われて、美織のほうが驚いた。
「えっ、なんで彼の話がここで出てくるの⁉」
「だってこの前、旅館で話してたでしょ、最低クズ野郎の悪行の数々を。どうしてオリリン、話してくれなかったのよ。俺に言ってくれたら野郎に地獄を見せてやったのにさ」
……。美織は言葉なくヒコを見つめる。
「おーい、オリリン? ねえ、どうやって復讐する? やっぱりここは霊的な力をもってして完全犯罪と行きますか!」
イエーイっと盛り上がっているヒコ。
美織は「信じらんない、バカでしょ」と頭を抱える。
「ねー、大丈夫だって。万が一捕まっても、俺だけ服役するから。オリリンは知らぬ存ぜぬでオッケーよ。ヒコくん、がんばる!」
「頑張らんでいいって。あのね、もう終わった話なの。っていうか二度と関わりたくないし、あんたにも関わってほしくない。わかった?」
「でもーぅ」
「でもじゃない。甘えた声出してのダメだから。ったく、何を言い出すかと思えば」
幽霊さんに同情してうっかり口を滑らせたのが良くなかった。
浮気現場に居合わせたなんて話、カッコ悪い。
ヒコには忘れてもらいたかった。
「くだらない話してないで、あっ、そうだ。サカキのおばあさまが持ってきたお金、結局どうする? 返しに行くのもあれだし、もう頂いちゃおうか」
とかなんとか話題を変えていると。
ヒコのスマホで着信音が鳴る。
「叔父さん?」
「違った。メールでの依頼だ。『引っ越したばかりなのですが、ポルターガイストに困っています』だって」
◇
最初はパチパチと火が爆ぜるような音が聞こえる程度だった。
でもある日から現象が加速する。
帰宅すると、キッチンの蛇口から水が出しっぱなしだった。
締め忘れを疑ったが、それが何度も続く。
おかしい。
風呂に入るとシャワーが勝手に出る。
椅子が動く。
パソコンに打ち込んだ文字が消えていく。
電子機器が起動しなくなる。
何もかも不調だ。
洗濯機が壊れた、電子レンジが壊れた、冷蔵庫が壊れた。
そうかと思えばまた動き出す。
鈍い音を立てながら動く。人のうめき声のように聞こえる。
あるいは悲鳴のように。
新しくしてもすぐ壊れる。
昼夜問わず、パチパチと火の爆ぜる音がする。
バタバタとドアが閉じたり開いたりする。
朝起きると、食器棚から皿やグラスが落下して割れている。
電灯が点いたり消えたりする。
使っていないのにトイレの水が流れる音がする。
夜、廊下を誰かが歩いている音がする。
その音は裸足の時もあれば踵の固いカツカツとした音の時もある。
翌朝見てみると、足跡がついている。
壁紙に褐色の手形がある。
洗面所に立つと鏡に黒い影が映り込む。
自分は短髪なのに、排水溝に長い髪が詰まっている。
たびたび停電する。
閉めたはずのカーテンが開いている。
窓に大量の手形がついている。
起床して洗面所で顔を洗っている時、生温さと鉄の臭いに驚き、顔をあげる。
蛇口から真っ赤な血が大量に出てくるのを見て。
「——こちらに連絡しようと思い立ちました。だって」
スマホ画面を見ていたヒコが顔をあげる。
美織は「うへえ」と表情をゆがめていた。
「本格的じゃん。今回こそ中級の護符の出番なんじゃない?」
「かもね。とりあえず、このメールをおじちゃんに転送して……っと」
美織が「叔父さん今どこ?」と聞くと、ヒコは「中国。水餃子食べてたよ」とのこと。水餃子ぐらいどこでも……、でもアジアにいるとなると近づいてきている感はある。
「俺、パンダのお土産欲しい」
「人面パンダの妖怪連れ帰ってきたらどうすんのよ。変なお願い付け加えてメールしないでよ。それより、依頼ってメールでも受け付けてたんだね」
そうだよ、とヒコ。スマホ画面を操作したあと美織に見せてくる。
「おじちゃん、ホームページ作ってるから、そっち経由で依頼が来ることもあるよ。あとSNSも駆使してるからグローバル展開なの」
へへっ、と自慢げにする。ホームページには『その霊障、神原相談所が解決します! 有能イケメン霊媒師が所長。助手も二十代イケメン男子(伴侶決定済み)。』となっている。
「何、このカッコ伴侶決定済み、って」
「オリリンのこと。同居始めてから更新しときました」
美織がにらむと「いいじゃん、これくらいー」とスマホを胸に当て身をよじる。
「でもそんな手広くやってる割には依頼が少ないよね?」
まあ肝心の霊媒師が不在なんだから、じゃんじゃん依頼が来ても困るし、そもそも霊障専門の相談だ。そんなに流行る商売でもないだろう。
と思ったのだが、ヒコは美織の予測とは違う答えをする。
「おじちゃんが言うには、『本当に必要としている人』だけが、このページにたどり着けるんだって。だからこの人も」
ヒコはスマホ画面を見る。この人とはさっきの依頼メールの差出人だろう。
「本当に困ってるんだと思うよ。すぐに助けてあげなくちゃ」
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