第26話 聞いたら来る怖い話はよくありませんよ、ほんとに。

 人を怖がらせるなんてかわいそうだ。

 ヒコの言葉はその通りだ。

 美織も激しく同意する。でも、ヒコに言われるとドキッとくるものがある。


 ヒコのくせにまともなこと言うなんて、……ってわけじゃなく。

 美織には身に覚えがある、ありすぎるからだ。


「ごめん、ヒコ」


 美織は頭を下げる。


 ——あれは確か小6の夏だったか秋だったか。


 図書室にある怖い話系の本を読みつくした美織は、ネットで何か面白い話はないかと探した。利用していたのはキッズ向けサイトだったのだが、怖い話のトピックスで、「聞いたら後で……」な話を読んでしまい、めちゃくちゃ恐ろしくなった。


 だからヒコを巻き込んだ。

 怖い話おしえてあげるー。

 いいよ、俺苦手だもん。

 あのねー、こうでああで、それでー。


「この話を聞いたら夜に真っ赤なウエディングドレスを着た女が……」

「ぎゃー‼」


 ……そんな過去がある。


「本当に悪かったよ。一人で抱え込むには怖すぎてさ。ちょうどいいところにヒコがいたもんで、つい……すまん」


 ゴニョゴニョ言うと、ヒコは「?」と首を傾げている。


「オリリン、もしかして昔の事、思い出してる?」

「出してる。結局、何も起こらなかったけど、寝たがるあんたを無理やりゲームにつき合わせて深夜まで起きてたんだよね。まあ寝落ちしたんだけどさ」


 寝たら来る、と思ったので無理して起きていたのだ。

 ヒコも「ああ」と当時を思い出したらしい。


「あったね。でもあれはネットにあんなこと書くほうが悪いんだよ。オリリン、怖くした奴が悪いの。俺、あの日お泊り会になってラッキーと思ったくらいだし」


 だから今回も、とヒコは首を伸ばして居間をのぞく。


「あの子に怖い話を吹き込んだ奴が許せないよ。怖い話はその時限りでなくちゃ」


 まあそれも苦手だったんだけど、とヒコ。

 美織は「フィクションはフィクションで楽しむべきだね」と眉を下げる。


「読んだら現実に出現するとか、怖すぎ」


 美織も居間を見やる。依頼人のサカキ小学生は正座したまま、ちびちびと麦茶を飲んでいた。視線だけはキョロキョロとよく動いている。


 ◇


「じゃあ、この護符をあげます」


 ヒコが渡したのは座卓に置いてあった缶箱から取り出した中級のお札——ではない。おなじみの黄色の初級護符だ。


「帰ったらこれを部屋のドアに貼ってください。すると怖いものは入ってこなくなります」


 丁寧に説明するヒコに、真剣な顔でうなずいているサカキ小学生。小声で不安そうに、「おかねはいくらですか?」と聞いてくる。


「10円です」

「そんなにやすいの?」

「うん。あっ、でも効果があってからでいいのです。今夜、怖いものが来なかったら、その時に頂戴します」


 サカキ小学生はまじまじとヒコを見る。それから隣で黙っている美織へと視線を移す。その目は「小学生からの相談だと思ってなめてます?」と物語っていた。


(10円は安すぎたかなあ)


 美織は苦笑する。ヒコと相談して無料よりは何かしら値段を言ったほうが、相手も信用すると考えたのだが、小学3年生相手に10円は舐めた値段だったらしい。でもいくら本当に効果がある護符だからと言って、たぶん何事も起こらない事象にお金を出させるのは気が引ける。


「その黄色い護符は印刷物でして」

 美織は座卓にある缶箱を開ける。

「こちらの青い護符は、霊媒師先生直筆の効果抜群、ありがたい護符なんですけど、とっても高価なんです」


 サカキ小学生が興味深げに缶箱の中を見る。自分の手元にある護符と比べ、少し納得したようだ。ふむ、とうなずいている。


「でも黄色の護符は印刷物の上に判を押してある簡易版でして。だから困っている方々にお安く提供しているんですよ。でも今回のご依頼内容だとこの黄色の護符で十分な効果を発揮します」


 美織の言葉に耳を傾けつつ、じっと手元の護符を見ているサカキ小学生。するとヒコが「この間も冷たいお風呂が温かくなりました」とドヤるので慌てて止める。


「あんたその説明じゃ意味不明——」

「あのー」


 はいっ、と美織とヒコ、二人で返事する。

 サカキ小学生は、うつむき、遠慮がちに切り出した。


「もう一枚、もらえますか? カノンちゃんにもあげたくて」

「もう一枚? それはいいけど」


 美織はヒコを見やると、彼はさっそく「こちらにあります」と飾り棚の下段に手を伸ばし、中にあった箱からもう一枚黄色の護符を取る。どうぞ、と渡すとサカキ小学生はホッとはにかむ笑顔を見せた。


「よかった。これでカノンちゃんも安心します」

「でも教えてほしいんだけど、そのカノンちゃんって人も怖い話を聞いたの?」


 美織が聞く。サカキ小学生は「そうです」と可愛い眉を下げた。


「わたしはカノンちゃんからこの話を聞いたんです。でもカノンちゃんはケンくんから聞いたって」


 ——どうやら。


 給食のあとの昼休み。


 サカキ小学生は教室の後ろで怯えているカノンちゃんが気になって声をかけた。

 最初は怖い話を聞いただけ、と誤魔化すようにしていたカノンちゃんだが、それにしては怖がり過ぎじゃないか、とサカキ小学生がしつこく聞き出そうとしたところ、


「ケンくんがね、さっきお兄ちゃんから聞いたこわい話をおしえてやろうか、って。聞きたいってカノンいっちゃってね。そうしたらね」


 怖い話のあとに、今夜怨霊がやって来る、と続いたそうだ。

 その話はどんなものだったのか。

 なかなか話そうとしなかったカノンちゃんだが、やっぱり怖い気持ちが強くなりすぎたのか、涙ぐみながら、これこれこういう話だったと打ち明ける。そして。


「カノンちゃん、わたしもその話を聞いちゃったから、すごく気にしてて。ジュジュちゃんまで巻き込んじゃったって。でも一人でこわがるよりいいかなって、わたし思ってたんだけど……」


 美織とヒコはゆっくり顔を見合わせる。


「小学生あるあるなのかね」

「どうだろ。俺は苦手だったけど怖い話って流行るよねぇ」


 ◇


 初級の護符を二枚受け取り、「カノンちゃんにも渡してきます。ありがとうございました!」と元気よくお辞儀して去っていくサカキ小学生。ピンク色のランドセルが跳ねるように遠ざかっていく。


「友だち思いで良い子だね、あの子」

 美織が言うとヒコも「ほんとほんと」とうなずく。

「今度お支払いに来てくれる時のために、ジュースとお菓子を買っておこう」

「いいね。次はカノンちゃんも連れてくるかもね」


 と、二人して居間に戻り、座卓に向かい合って座ったところで。


「でもケンくんだっけ? その子はよくないよね」とヒコが何やら険しい表情をする。


「怖い話を聞かせてきた男子? まあよくはないよね。カノンちゃんが好きで気を引こうとしたのかもしれないけど」


「よろしくないですよ。好きな子には優しくすべきです。俺、ちょっと叱ってこようと思う」

「えっ」美織は慌てる。「やめなよ。親が出てきたら厄介じゃん」

「でもオリリン、学校であの話が広まったら、怯える子が続出するかもしれないよ」

「それはそうだけど」


 相談所に護符をもらいにくる子が行列になるようでは困る。1枚10円って言っちゃったし。ってまあお金だけの問題じゃないか。


「オリリン、心配しないで。俺、うまくやる」

「ほんとぉ?」


 疑う美織に、ヒコは「任せてよ!」と胸を張った。

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