おまけ小話 サキちゃんの散髪

 あの最大の事件からしばらく経って、日常が完璧に戻ってきてからのお話。


「さ、咲羅……?」


 どうも、小手 咲羅です。今日はとある用事で出掛けていて、帰ってきた時に楓真さんに出迎えられ酷く驚かれた。


 名前しか呼ばれてはいないけれども、相当動揺しているサマがありありと窺えるだろう。


「か、髪の毛が……!?」


 そう、僕は今日、髪を切りに行ったのだ。鬱陶しかったモサモサの髪の毛をバッサリ切って、そのスッキリした頭で家に帰ったら想像以上に驚かれ、動揺させてしまったようだった。


 それにしても何故驚かれたのだろうか。髪を切ったくらいで。しかしそれは楓真さんが自ら言葉にしてくれていた。



 咲羅の可愛い髪の毛が消えた。あ、でも短い髪もカッコ可愛い。でも可愛い面積が減って、でもサッパリしていてこれも良くて、でも、でも……



 だなんて楓真さんはブツブツ独り言を呟いている。可愛い面積って何。もしかして可愛い面積イコール髪の長さ、ってこと?


 と、まあいつも通りの楓真さんの様子に『はいはい』と慣れたように躱し、手洗いを済ませることにした。時間は有限だからね。


「咲羅、一つお願いがあるのだが。」


 そしてその間に心が落ち着いたらしく、楓真さんは真剣な目で僕の両肩に手を置く。


 お願い、とはどんな真面目なお願いをされるのだろうと少しだけ身構えると、楓真さんは一言口にした。


「……ポメラニアンになってはくれないか?」


 真面目な話だと思っていたのが馬鹿らしい。やっぱりいつもの楓真さんだった。


 というか今の流れで犬になれって……どういう意図があるのだろうか? そう首を傾げるが、まあ、楓真さんが変なことを考えるわけないか、と楽観した。


「あの、僕、自分の意思で犬化できないんですけど……」


「そこを何とか!」


 必死か! とツッコミを入れそうになったくらいの気迫でそうお願いしてくる。なんだなんだ? 何が楓真さんをそこまで駆り立てる?


「……犬になるのは良いですけど、僕自身の意志では犬になれませんよ?」


「分かっている。」


 勿論任された! と言わんばかりにドンと胸を張った楓真さんを見て、判断を誤ったかと寒気がした。


 僕を犬にする方法、それは言動どちらもフル活用して愛を囁くこと。勿論その方法で今回も犬に変わってしまったのはお約束すぎて省略しておくことにした。







──楓真side


 いつも抑えている愛を惜しみなく伝えると、しばらくして『ポフン』と可愛らしい音がした。よし来た! と心の中でガッツポーズをし、兎にも角にも咲羅を見なければ……!


 パッと咲羅に顔を向けると、そこにいたのは……


「はわっ……!!」


 やっぱり、俺の見立て通り!


 ポメサキちゃんの毛並みも髪の毛同様変化していたのだ! まるでトリマーさんに毛をカットしてもらったかのように!!


 そしてこ、これはかの有名な『たぬきカット』ではないか!! 可愛いがすぎる。心臓に直撃する可愛さだ。音にするならキュンじゃなくてギュン!だ!


 今までのサキちゃんは一般的なポメラニアンと同じ毛の長さをしていたが、人間の時に髪を切ったのがポメラニアンの時にも影響するだなんて、そんな可愛いことが起こるなんてもう、もう……!!!


「キャン!」


「ハッ!?」


 サキちゃんの一声で現実に戻ってきたが、だからこそサキちゃんの可愛い姿を直視してしまった。


「うぐっ、可愛い……」


「ヴゥ……」


 サキちゃんのおかげで可愛い耐性がついてきたと自負していたが、これは、もう、その域を超えている。本当可愛い。


 一方サキちゃんは俺のそんな様子を見て不機嫌そうに唸った。せっかく犬になったのに当の本人は放置か、と言わんばかりに。いや、本当にそう言っているかは分からないが。


「サキちゃん、おいで。そうだ、この間買った桃があるんだ。食べるか?」


「ハフハフキャン!」


 取り敢えず一時的なご機嫌取り、桃を召喚する。するとサキちゃんはそれまでの不機嫌があっという間に吹き飛び、その場でくるくる回る。これはサキちゃんが嬉しい時にやる行動だ。


 どうやらポメラニアンになっている時は、人間の時よりも少しだけ感情が表に出やすくなるらしい。ソースはサキちゃん。この前そう言ってたし。


 人間の時は背後に花を咲かせる静かな喜び方をするが、今は全身を使って喜びを表現しているのもそれだろう。


 ……さて、ここで長々と語っている場合ではないな。桃を切り分けてこなければ。


 早く桃を出せと俺の足に甘えたように擦り寄ってくるサキちゃんを見て『催促という名の甘えが上手になったなあ』と感動すらしながらキッチンへと向かう。


 あれだけ甘えるのが苦手だった子が……! 感慨深いものがある。


 よし、桃を食べさせてご機嫌取りをした後は、そのたぬきカットにされたモコモコフワフワの毛を堪能することにする。今日はもうそれで一日は終わるだろう。


 ああ、なんて素敵な休日だろう、とこれからのことを考えては頬を緩ませるのだった。

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ポメラニアンになった僕は初めて愛を知る 君影 ルナ @kimikage-runa

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