ハッカーと小さな依頼
ジャック・リードは、普段は名を馳せた凄腕のハッカーだ。国際的な企業や政府の機密情報に侵入し、時には金銭的な利益を得ることもあれば、政治的なデータをリークすることもある。ネットの裏側で、彼は無敵の存在として知られていた。その腕前はどこでも通用し、誰もが彼に依頼したいと考えていた。
ある日、普段のようにデスクで複雑なコードを書いていると、ひとつの見慣れないメールが届いた。差出人は「リリー」とだけ書かれており、件名にはただ「お願い」とだけ記されていた。メールを開くと、内容は思っていたよりもシンプルだった。
リリーからの依頼
こんにちは、ジャックさん。私はリリーと言います。ちょっとお願いがあるんです。僕のぬいぐるみを家から持ってきてくれるかな? どうしても一緒に寝ないと眠れないんです。もしできたら、お願いします。住所はここの通りです。大丈夫、絶対に悪い人じゃないから!
ありがとう!
ジャックは画面を見つめ、眉をひそめた。普段、彼が受ける依頼は、国家機密のリークだとか、大規模なデータ破壊、あるいは企業スパイ行為などの極めて重大なものばかりだ。だが、このメールにはただ、ぬいぐるみを取ってきてほしいというお願いが書かれている。
「おいおい、冗談だろ?」と彼は呟きながら、少し考え込んむ。普段なら絶対にこんな依頼は無視するだろう。しかし、なぜか気になった。リリーという名前。メールの口調。無邪気であり、無防備な印象を与える。
「確認だけはしておこう。」彼はそう呟き、持ち前のスキルを使って、依頼の真偽を確かめることに決めた。
ジャックは数分でリリーの住所を特定した。次に、メールの送信元を解析し、その背後にあるネットワークを調査する。調査が進むにつれて、彼は意外な事実に気づいた。リリーが使っているアカウントには、まったく怪しい動きはなく、すべてが非常に素朴なものだった。メールの内容も、子供の純粋な願いから出たものだということが分かった。リリーが送ってきたメールに裏がないことは、彼の優れた技術で完全に裏付けられた。
「…どうやら本当に子供みたいだな。」ジャックは少し不思議に思いながらも、決断を下した。面倒だと思いつつ、引き受けることにした。何か不安な気持ちもあったが、まさか大きなトラブルが待っているわけでもあるまい。
その日の午後、ジャックは指定された住所に向かった。小さな家が立ち並ぶ静かな街並みの一角に、リリーの家があった。玄関を開けると、そこに現れたのは、おそらくまだ小学校低学年の男の子だった。リリーは無邪気に微笑んだ。
「ぬいぐるみ、ありがとう!」彼は元気に言いながら、小さなぬいぐるみを抱えてジャックに手を差し出した。
その瞬間、ジャックは心の中で何かが変わったような気がした。普段の冷徹な世界とはまったく違う、この素朴で純粋な一瞬に触れたことが、予想以上に彼の心を温かくしたのだ。
「じゃあ、またな。」とジャックは言いながら、軽く手を振って家を後にした。
外に出ると、冷たい風が吹いていた。ジャックはポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつけた。煙がゆっくりと上がり、彼は一息つく。
「たまにはこんなことも悪くないな。」そうつぶやいて、煙を吐き出した。
3分~5分で読める物語 メタゲーム宇都宮 @METAGAMEutm
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