ボクサーの卵

翔太は、かつて学校で毎日虐められていた。教室ではクラスメートから笑われ、放課後にはいつも無視され、殴られることもあった。


彼は他の誰かのように強くなりたいと思い続け、心の中で決して諦めなかった、しかし現実はそれを許してくれない。だが、彼は変わった。きっかけはたったひとつのアニメだった。


ある日、翔太は部屋でテレビをつける。画面には、ボクシンググローブをつけた主人公がリングで戦っているアニメが流れていた。その主人公は、どんな逆境にも屈せず、自分の力を信じて戦い続ける姿が描かれる。翔太はその姿に心を打たれ、気づけば画面に釘付けになっていた。


「俺も、こんな風になりたい。」


翌日、翔太は近所のボクシングジムに足を運んだ。最初は緊張し、迷いもあったが、受付で「ボクシングを始めたい」と告げると、ジムのトレーナーは優しく微笑んで答えた。


「最初は誰だって不安だ。でも、続けることが大事だよ。」


トレーニングは想像以上に厳しかった。最初に教えられたのはシャドーボクシングで、足を使いながら動き、パンチを繰り出す。だが、翔太はすぐに息が上がり、バランスを崩して転んだ。汗が目に入り、目の前がぼやける。それでも、トレーナーは無言で見守り、再び立ち上がるように促した。


「無理に上手くしようとしなくていい。大事なのは続けることだ。」


続けること。それは翔太にとって、最も難しいことの一つだった。最初の数週間は、動きがぎこちなく、どこか滑稽に見えることも多かく羞恥に悶えた。しかし、毎日の練習を繰り返し自信をつけていく。シャドーボクシングの動きにスムーズさが出てきたし、ミットを打つタイミングも合ってきた。


「僕だってやればできるんだ!」


だんだんと自信がついてきた翔太は、鏡の前で笑顔を見せるようになった。


そして、数ヶ月が経ち、翔太は初めてのスパーリングを迎えることになった。心の中では緊張と不安が渦巻いていたが、彼は深呼吸をして、アニメの主人公のように戦う決意を固めた。


リングに上がり、相手と向き合うと、心臓が激しく鼓動し、手のひらに汗がにじむ。しかし、翔太はかつての自分とは違った。これまで積み重ねてきた練習が無駄ではなかったことを、体全体で感じていた。


最初は思い切り打つことができなかったが、次第にパンチのタイミングが合ってきた。相手を避ける動きも、ぎこちなくなくなった。最後には、思わず相手にパンチを当てることができた。その瞬間、翔太はひときわ大きな声で息を吐き出した。


試合後、トレーナーが翔太の肩を叩いた。


「いいぞ、翔太。最初は誰だってできない。でも続けることで、少しずつ強くなれるんだ。」


翔太は自分の胸を叩きながら笑った。それはかつての自分では決して持てなかった自信だった。彼はもう、ただの虐められた少年ではない。ボクシングを通じて、自分を信じる力を手に入れたのだ。


その日、翔太は改めて心の中で誓った。「俺は強くなり続ける。次はもっと上を目指すんだ。」


初めの頃のぎこちない動きとは違いキレのあるシャドーを繰り出す。

彼のボクサーとしての旅は、今、ほんの少しだけ始まったばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る