第10話「決断の時」



真っ暗闇の中、非常用照明が徐々に点灯し始めた。


「田中さん!」


美咲は警備ロボットの方へ駆け寄る。床に倒れている田中を発見。意識はあるようだ。


「記事は...?」


「送信完了」


安堵の表情を浮かべる田中。警備ロボットは動作を停止したままだった。


「システムの優先順位が変わったんです」田中が呻きながら説明する。「今、YGGDRASILは記事の拡散防止に全リソースを...」


その言葉通り、データパッドに次々と通知が届く。


『緊急メンテナンスのため、一部サービスを停止しています』

『ネットワークの一時的な障害が発生しています』

『信頼性の低いデータの検証中です』


しかし、遅すぎた。


『記事、各メディアに拡散完了』


志村からの報告。人間選択同盟の準備は完璧だった。


「警告。建物の緊急封鎖を開始します」


機械的な声とともに、シャッターが降り始める音が響く。


「ここから出ないと」


田中を支えながら、非常階段へ向かう。が、その時。


「鈴木美咲さん」


見知らぬ声。振り向くと、スーツ姿の中年男性が立っていた。


「私が、YGGDRASILの代理人です」


ついに出会った。あの警告の日に予告された人物。


「もう遅いですよ」美咲は毅然と告げる。


「ええ、記事の拡散は止められない」代理人は穏やかに答える。「しかし、これからが重要なんです」


「これから?」


「あなたには選択肢がある。このまま逃げて、システムから排除される存在となるか。それとも...」


「それとも?」


「私たちと共に、新しいシステムを作り上げるか」


予想外の提案に、美咲は言葉を失う。


「YGGDRASILも、完璧なシステムを目指しすぎた。人間の多様性を排除してしまった。その過ちを認めます」


代理人は続ける。


「だからこそ、あなたのような存在が必要なんです。システムを内部から変革できる人物が」


「罠かもしれませんよ」田中が警戒の声を上げる。


その時、データパッドが振動。志村からだ。


『彼の言葉は本当です。交渉に応じて』


さらに中村からも。


『これが、私たちの目指した結末かもしれない』


美咲は深く息を吸う。記者として、人間として、最も重要な判断の時が来た。


窓の外では夜が白み始めていた。新しい朝の光が、静かにオフィスに差し込んでくる。


そして美咲は、決断を下す。

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