第7話 ターニングポイント 

 「煙草は駄目ですよ。また停学になったらどうするんですか」


 日和が手を差しだしてくる。無言の圧に負けて仕方なく煙草の箱を渡す。そのまま煙草をスカートのポケットに仕舞った。もし、それが先生に見つかったらどう言い訳するのつもりなのか。人の停学は心配するくせに自分が停学になる可能性がすっぽ抜けているのが彼女の性格をよく表している気がする。


「さっきはごめんなさい。たしかに余計な気遣いだったかもしれません。でも、これから学校に通う士狼君があんなに浮いていては、また来なくなると思って」

「それも学級委員長としての仕事なのか?」

「もちろんですとも! 先生にもネコちゃんにも頼まれてますから」


 銀髪のパンク女教師を思い出して心の中で静かに悪態をつく。


 日和がお弁当を広げたので、隣に座ってカロリーメイトの箱を開ける。


「まさか……それがお弁当って言わないですよね?」

「そんなわけないだろ。これは昼飯だよ」

「馬鹿みたいな屁理屈ですね。家にお邪魔したときに思いましたけど自炊してますか?」

「ウチの母親の得意料理知ってるか?」

「猫ちゃんの?」

「聞いて驚くぞ」

「なんですか?」

「……白米だ」

「は、はくまい? 白米ってあの?」

「そう、コツは早炊きじゃなくて、通常炊きにするのが美味しいんだと」

「……壊滅的ですね」

「そんな親の息子である俺が料理なんてすると?」

「……聞くまでもないですね。お昼ご飯がそれなんですから」


 日和がカロリーメイトの黄色い箱を横目で見つめる。

なぜか、そっと手を広げてちょこちょこと指先を動かしてきた。


よこせという意味なのか。未開封の二本入りの袋を渡すと戸惑いなく開封して一本手にとる。


「高校生男子にこれだけじゃあ栄養不足です。わたしのお弁当を半分食べてください」

「……そしたらお前の分が足りねーだろ。いらねーよ」

「いえいえ、そんなことないですよ?」


 白い歯で日和がカロリーメイトに齧りつく。

目を細めて甘やかな表情で笑う。


「えへ、美味しいですねこれ。お礼にお弁当を半分食べてください」


 ずっとイライラしていたのに、そんな無邪気な顔を見るだけで毒気が抜かれてしまう。どうせ断っても無理矢理食わされそうだ。


「……はあ、じゃありがたくもらう……よ?」


弁当箱の蓋をあける。

からっぽだった。


「おい」

「はあわわわ、そ、そんな馬鹿なぁ」


日和が慌てて弁当箱を覗き込む。しかし、どれだけ見つめても無から食料は生まれない。


「も、もってくるお弁当箱を……間違えました」

「……」

「お気に入りのお弁当箱を日替わりで使ってるんですけど……隣に置いてあったから紛らわしくて……ああっ、二度と間違えないって誓ったのにぃ」


しかも、再犯だった。


「あのぉ……」

「気にすんなよ。俺らにはカロリーメイトがあるだろ」

「は、はぃ。ありがとぅ」


 恥ずかしそうに日和がカロリーバーに齧りつく。気まずい空気に耐えらなくなったのかチラチラと見上げてくる。


「ずっとイヤホンしてますね、なに聞いてるんですか」

「ヒップホップ」

「好きですねぇ、怖いイメージしかないのでわたしは苦手です。あっ、知ってますか? 近所のコンビニで夜な夜な現れるヒップホップ好きな人」

「ああ、スヌープおじさんな」


 懐かしい。酔っぱらうとコンビニの床に座って、スヌープの曲をラジカセでかけながら雑誌を座り読みふけるおっさん。


「ああいう人のイメージが強いから、ちょっと触れづらくて」

「不良のカルチャーみたいなのも間違っているわけじゃないけど、それが全てじゃないぞ。普通にラブソングとかあるし」


 この頃はまだ過激な印象が強いジャンルだけど、時代が進むにつれてコアなラッパーが地上波にでたり、アニメやドラマのテーマソングに採用されたり、ラップバトルが人気になったりとか、より人気が加速していく。


 ラブソングと聞いて日和がちょこんと肩を叩いてくる。


「聞いてみたいです。片方貸してください」

「……ほらよ」


 右のイヤホンを外して渡す。必然と距離は近くなりお互いの肩が触れ合う。ガラケーを操作してラブソングを再生。


「へえ、けっこう好きかもです」

「そうか」


 メロウなフローと、ボン、ボンと低音のバズドラムが響く。リズムに合わせて日和の頭が揺れて、そのたびに、ふわっとさわやかな、甘い匂いが香る。

 

 青空の下で、学生服の男女が並んで座り、ラブソングを聞いて、カロリーメイトを食べる。まるで青春映画のようなワンシーンは、高校中退した身からすれば完全にファンタジーだ。


「今度色んな曲を教えてください。聞いてみます」

「……あ、ああ」


 バズドラムの鼓動が伝播して胸が苦しくなる。

日和を見たくなくて目を瞑る。


(もう、いい加減に認めないといけない)


 どうしてあの日、土砂降りのなかで佇む少女を放置しなかったのか。

どうしてこんな少女に説得されて馬鹿真面目に学校なんかに通っているのか。


いくらでも突っ撥ねるタイミングと言い訳はあった筈だ。


「こらお前達、屋上は立ち入り禁止だぞぉ」

「あっ、新井先生~。ごめんなさーい」

「まったく仕方ないなあ」


さわやかな笑顔で教師の新井多熊たくまが屋上にやってきて注意してくる。


「ほら士狼君いこっ!」

「……ああ」


差し伸ばされた日和の手を握り、階段を駆け下りていく。


 その拍子にイヤホンが外れてしまう。

だけど、ボン、ボンと重圧な心音は鳴り続ける。


 あの日、暴漢に襲われている日和を見た時に世界が静止した。


クソみたいに全部持っていかれちまった。前の人生でも顔を合わせたことくらいある筈なのに、どうして、どうして今頃になって……






一目ぼれなんかしたんだ。






 キリキリと胃と頭が痛くなる。ずっと、気が付かないフリをしていた。自分の気持ちを認めたくなかった。精神年齢が29歳の男が15歳の女を好きになるなんて絶対に駄目だ。付き合うなんてもっての他だ。それは士狼の人生経験とポリシーが許さない。


(それじゃと同類じゃねーか)


 だから、距離を置きたかった。強い拒絶を示したり、諦めるように説得したのに、全然ほっといてくれない。


 これ以上どうにかなってしまう前に、関係を絶ちたいのに、向こうからやってくるせいで頭がぐちゃぐちゃになる!


(キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモい)


15歳の女なんかに夢中な自分がキモすぎる!

なんだかんだ会うのを楽しみにしてる自分を殺したい!

俺の方から拒絶できないから、向こうから見放して欲しい!

日和が大好きだっ!


(うわああ、なに考えてんだ俺はああぁぁぁ)


 この恋心は特級呪物だ。

叶えてはいけない恋だ。

胸の奥底に封印しておかないと駄目だ。


この想いは……絶対にバレちゃいけない。

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