第6話 頼むから一人にしてくれ!

 士狼は床に寝っ転がりながらガラケーを弄っていた。

隣では仕事を終えた母親が爆睡している。


「はあー、学校なんかいきたくねえ」


 昨日の現実がまだ受け入れられないでいた。

一応、制服は着てみたが、袖に腕を通すだけで胸糞悪くなり、ブレザーのボタンを締めるごとに気分がブルーになった。


 あの空気感で退学したいなんて言えなかった。だから、適当に通って停学なり退学なりなればいいやと考えている。喉元過ぎればなんとやら。興奮していた母親も、学校が性に合わないんだと理解すれば諦めるだろうという算段だった。


とりあえず、高校は午後から行けば良いとして、現場仕事のバイトを紹介してくれそうな先輩達にメールを送信していく。


 ブビィーーーと、故障してるインターフォンから汚い音が鳴った。当たり前に嫌な予感がしたので無視を決め込む。だが、一度成功体験を得た犯罪者はそうそう簡単に足を洗ったりはしない。しばらく放置していると、忌々しい内開きのドアがひらいて制服を着た可憐な少女が不法侵入してくる。


「ぉはよぉございますぅ」


 目をしょぼしょぼとさせた外面だけは天使みたいな女―――日和は、とても眠そうに目を擦っている。いちいち庇護欲をそそる仕草に、イラっとくる。


「念のために聞いておくけど、何しにきた」

「えへへ、実は家が近所なんでむかえにきましたぁ」

「……これって、今日限定の特別イベントだよな?」

「いぇいぇ、商店街にある紳士服屋の閉店セールみたいなもんです」

「……一生続くじゃねーか!」

「朝弱いんで大きな声をだしゃないでくだしゃい……さあ学校にいきますよぉ。あれ、鞄はどこですか?」


 もはや当然のように部屋にあがって、きょろきょろと鞄を探し出す日和。そして、ペッちゃんこになった通学鞄を発見する。


「なんもぉ準備してないじゃん。教科書はどこにあるんですぅ?」

「……ない」

「はあ、子供じゃないんですからぁ。そんな言い訳は通じませんよ?」

「あ、いや……本当にねぇんだ」

「……え、どうして?」


 一応、昨夜探してみたがどこにもなかった。そして、士狼は思い出した。停学中に仲間達と悪ノリでやってしまったことを。


「あれは5月にしては寒いゴールデーンウィークの夜だった」

「急に回想入るのやめてください」

「なにか燃えるものがないかと探し周り……」

「ま、まさか」


 呆れた視線を送ってくる少女に士狼は目を合わせることが出来なかった。気まずそうにありのままの事実を口にする。


「……燃やした」

「もう、何でそんなことを」

「焚書ってやつさ。あの頃は俺も若かった」

「まだ一カ月も経ってないでしょ。どうやって授業を受けるつもりですか?」

「そこは考えてある。安心しろ、教科書っぽいのを用意しておいたからさ」


 部屋に乱雑に放置されているそれを手に取る。ヒップホップ系メンズ雑誌『411』。当時のヘッズ達を虜にしたヒップホップ好きの必需品。


 いつの間にか目が覚めた様子の日和がぞんざいに呟く。


「わたしが隣の席で良かったですね。自由授業も全部隣に座ってください。なのでそれは要りません」







 10年以上ぶりに授業を受けて、合間の休憩時間。

その日の教室は授業時間、休憩時間に関わらず静まり返っていた。もちろん、その元凶は机で肩肘をついてイヤホンをしてる不良少年の士狼に他ならない。金髪短髪、耳に光るピアスをみてクラスメイトたちがひそひそと話す。


「ねえ、あれって停学した人だよね?」

「怖いんだけど、また暴れたりするんじゃないの」


教室には大勢の生徒達がいるが、明らかに士狼周辺だけ人口密度が極端に低い。鶏小屋に狼が一匹放りこまれたような状態。


(やべえ……誰もおぼえてねえよ)


 ジロジロと見られていることに気が付いてるものの、クラスメイトに見覚えのある顔はなし。ひしひしと肌に染みる疎外感。ボッチの士狼を気遣って「怖い人じゃないよ」と布教している日和の存在が余計に拍車をかけるていることに、彼女は気が付いてるのだろうか?

 

 そして、日和はどうやらクラスではマドンナ的存在らしい。嫉妬に満ちた男子達の声がきこえてくる。


「な、なんで日和ちゃんがあんな奴と一緒にいるんだよ」

「く、くそが。俺の天使ちゃんが」

「悪い男がモテる世の中理不尽すぎだろッ」


(死にてえ~、どんな罰ゲームだよこれ)


 なにより、精神年齢29歳の男が高校生に囲まれて不貞腐れているという構図に羞恥心が限界突破していた。

 

 すると、唯一見覚えのある女生徒を見つける。記憶では黒髪の筈だったが、髪色は暗めの茶色になっていた。名前は……もう忘れたが、人生の中で印象深く刻まれている彼女の存在を忘れる訳がなかった。


その女が隣にきてささやく。


「なんでまた学校にきたの」

「……」

「やめると思ってたのに」

「俺の勝手だろ」

「……ねえ、あのことは誰にも……」

「言わねえよ。そんなことの為に戻ってきたんじゃねえ」

「……そう、よかった」


 そういって女は立ち去っていく。すると、この状況を作り上げた善意の悪魔が意外そうな顔をして近づいてくる。


「……士狼君って、恵那と仲良かったんだ?」

「違げえよ、色々あったんだ。別に仲良くない」

「へえ~ね。経験豊富な士狼君は違うねっ」

「……嫉妬すんなよ」

「してないよぉ!?」


 咎めるような眼差しでみてくる日和に溜息を吐く。どうやらまだ童貞云々のくだりを覚えていたようで日和の頬が赤く染まる。そこへまた別の女が声を掛けてきた。


「ねえねえ、二人はいつからそんなに仲良しになったのよ」

「あわ、兎々放してよお」

「えー嫌だぁ」


 突然、黒髪長身の少女が日和を後ろから抱きしめた。


「机もくっつけて教科書見せてあげてるしー、二人ってそういう関係なの?」

「ち、違うよ。士狼君が教科書ないからみせてるだけ」


非常に整った顔立ちの女だ。綺麗系というよりは、どこか親しみを感じてしまう可愛い系の女子。体の線は痩せすぎといえるくらいに細い。


「ふ~ん、怪しいな。士狼もひさしぶりっ、もう来ないかと思ってたよ」

「……ごめん、誰だっけ?」

「ひっど!」


 ガーンと擬音が聞こえてきそうな大袈裟すぎるリアクション。彼女はどうやら日和の幼馴染らしく簡単に自己紹介してくれた。名前は西野兎々といい、モデル活動をしているそうだ。


「……西野兎々だと?」


 その名前には聞き覚えがあった。記憶が確かなら、近い将来、人気読者モデルとして大ブレイクして、タレントや女優活動などで引っ張りだこになる女だった筈だ。そして、突如表舞台から身を引いたカリスマ的存在。


 まじまじと顔を眺めると、西野兎々が素っ頓狂な顔で見返してくる。


「え、ええ、どうしたん急に」


(すげえー本物だ。西野兎々と同級生だったんだな。一瞬で退学したから全然しらんかったわ)


「情熱的に見つめられてもなんもでないぞ。というか、やっぱ士狼ってイケメンだよね~」

「……っ、どうも」

「うわ、無愛想すぎじゃないー?」


 有名人に興奮していた士狼だったが、精神年齢で14歳も年下の高校生からイケメンなんて言わてしまい、29歳の男として羞恥心を刺激されてたちまちに熱が冷める。


(はあー恥ずかしい死にてえ。やっぱ高校生なんてむりだよ)


 きゃっきゃっと元気溌溂な女子を目の当たりにして、士狼は己の心が死んでいくのを確かに感じ取った。


「そうだ兎々も士狼君と友達になってあげて」

「おっ、いいねえ~、アドレス交換しよっか?」

「……携帯持ってない」

「え、いまどき珍しっ」


 兎々がまじまじと士狼の耳から垂れ下がる有線のイヤホンを追いかける。「じゃあその線はどこに繋がってんだ」と言外に訴えてきてる。


 無愛想な士狼に日和が駄目だしをする。


「もう、士狼君そんなんじゃ友達できないです。もっとクラスメイトと仲良くしましょうよ」


 溜まりに溜まったストレスが、その一言で暴発した。


「……うぜーんだよ。学校に引きずり出した次は友達作りのお手伝いか?」

「あ、いやそんなつもりじゃなくて」

「いい加減お節介なんだよ気分が悪い」


 大人げないと自覚しつつも、士狼はポケットのセブンスターを握りしめて教室を出ていく。




 誰もいない校舎の屋上で煙草を吹かす。しばらく一人になって誰とも会話したくなかった。


「……絶対に続かない。母親には悪いけど今日で高校は辞めるって言おう」


最初からそうすべきだったのだ。だけど、それを考える度にあの女の顔がチラついて、思考を邪魔してくる。


 お昼のベルが鳴る。

錆びついた屋上のドアが音を立て開かれた。


「士狼君、お昼一緒にたべよう」


弁当袋を手に持った少女がニッコリと笑う。


(ああ、もう許してくれ。お前さえいなければ……こんなに苦しまずに済んだのに)


士狼は憂鬱そうに大空を見上げた。



―――――――――――――――――――


次回ターニングポイント!

士狼爆発!

次のお話でこの小説の全体のイメージがつかめると思います。


※試験的にタイトルを変更することがありますが、話に変更はありませんのでご安心ください。

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