第5話 お節介すぎる三者面談

 放課後に日和と駅前で待ち合わせの約束を交わした。その際に電話番号を聞かれたので上三桁だけ正しい番号を教えて、士狼は約束の時間が過ぎるのをボロアパートで待った。


 しかし、お節介すぎる可憐なストーカー女が当然のようにドアを開けてきて不法侵入してきた。


「お前さあ、よくお節介って言われない?」

「だから、お世話好きと呼んでください」


 お節介とお世話好きには大きな違いがあるのでは? と士狼は思わずにいられない。


 日和サイコパスがどうしても母親と話をしたいというので、士狼は仕方なく職場へと足を運ぶ。


 暮れなずむ雑多な商店街の一角で、パープルネオンの怪しい輝きを発光させる看板。


スナック『羅生門』。

士狼の母、氷室ねこが雇われママとして働く場所である。


 年季の入った重たいドアをくぐると、開店準備に勤しむ金髪ギャルがいた。


「あれぇ~シロウちゃんどうしたのぉ。昨日は帰れなくてごめんねぇ。寂しくなって会いにきちゃたのかな~」


 モデル顔負けのスタイルと、年齢を感じさせないきめ細かい肌。ギャルは士狼に抱き着ついて頬擦りをする。


 日和が瞼をぱちくりとさせて尋ねてくる。


「え、え、あれ、この女性の方は誰ですか?」

「俺の母親だ」

「いらっしゃーい。あれぇとても可愛い子ね。シロウちゃんはカッコいいもんね。新しい彼女ちゃんかな?」

「ち、違います! あ、あのぉー、本当にお母様なんです? お姉ちゃんじゃなくて?」


 年齢と見た目のギャップを手放しに褒め称えられた猫は嬉しそうに声をあげる。


「お世辞上手な彼女ちゃんなのねぇえ~」

「きゃあ、なにするんですかぁ」


 猫がするすると手を伸ばしてスキンシップの標的を日和に乗り換える。


 花の青春を歩く女子高生からすればおばさんかもしれないが、猫は高校生の子供を持つにしては若すぎる30歳。つまり、15歳で士狼を生んだ計算になる。


同級生と戯れる母親を見つめていると熱い感情がこみあげてきた。


「……っ」

「どうったのシロウちゃん?」

「士狼君?」

「な、なんでもねえ。ちょっと外の空気を吸ってくる」


 慌てて店の外に駆け出して人通りの少ない裏手に回る。

 あそこにいたら、泣いてしまいそうだった。

 

 母親と会うのは11年ぶりだった。彼女の姿はタイムリープしているせいで、想像よりもよっぽど若く、あの頃の姿そのままだった。


 眼尻を拭い、煙草に火をつける。


 ずっと、罪悪感から会うのを避けていた。十代の頃に何度も警察にパクられて、その度にあの能天気な母親を泣かせた。それがずっと心残りだった。


「……っく」


 底抜けに明かるい猫だが、息子からみても相当な苦労人である。

 

 中学生で20代の半グレに口説かれて付き合い始めた。恋愛に年齢は関係ないというが、本当にそうだろうか。


 相手がまともな人間なのか、愛するに値する人間なのか、それを見極めるには、15歳の少女には判断材料と人生経験が少なすぎる。恋という熱にうなされて結果生まれたのが俺だ、と士狼は思う。


 ろくでなしの父親は士狼が中学卒業の日に家の金を持ち逃げして蒸発した。もし、前の人生で遭遇していたら、冗談ではなく殺していたかもしれない。そういった理由などがあり、未成年の女に手をだすようなクズを士狼は許せない。


 母親との再会に感動した士狼は煙草を消して呟く。


「よしっ、伝えよう。高校をやめたら仕事して、家に金いれるんだ」


 焼かんの蒸気バリに熱ちい気持ちを胸に、羅生門のドアを潜り抜けると……


「シロウちゃんっ、ヒヨリン凄くいい子じゃない!」

「士狼君っ、ネコちゃんはとても物分かりが良い人でした! 安心してください、学校に通う許可は貰っておきましたよ!」

「……は」


 まるで十年来の友人がそうするように、愛する肉親と憎たらしい咎人とがにんが笑顔で肩を組んでやがった。


「ま、待ってくれ、なにが起こった、この僅かな時間にぃ!」


 なぜ、ちゃんづけで人の親を呼称している。

なぜ、現在進行形でアドレスを交換している。

なぜ、なぜ、なぜ、次から疑問符が浮かび頭がおかしくなりそう。


 そして一番聞き捨てならんのが、日和の馬鹿げた報告だった。


「お、おい、通学の許可ってなんだ!」

「そのままの意味です。あ、ちゃんとフェアーに行いましたよ? 勉強面で学級委員長のわたしが全力でサポートするので、もし、士狼君に通学する意思があるならそれを許可して欲しいとネコちゃんにお願いしたんです」

「な、なるほど。それなら、まあ問題ねえ」


 ようは退学の意思を示せばいいだけだ。

だが、士狼は猫の瞳を覗き込んで硬直した。


「よかったよぅ~、ママは高校に通えなかったから、シロウちゃんには卒業して欲しいってずっと思ってたの。最近のシロウちゃんは、パパに似てダーティーな生き方が板についてきたから心配だったんだよぉ~」


 ぽろぽろと猫が涙をこぼす。


「でも、ヒヨリンがいたら安心ねぇ。いつかふわってシロウちゃんが消えるのが怖かったから、うう、よかったぁ」


 どう考えても退学すると言える空気じゃない。こんな幸せな母親に送る言葉は、肯定か沈黙かの二択しかない。士狼は口を閉ざした。


「よっ、猫ちゃんおっはー」

「ああ、シゲさんおっはー」

「あれえ、士狼君もいるじゃん、おっはー」

「う、うす」


 開店時間になり常連客のシゲさんが古臭い挨拶で入店してきた。


「きいてよシゲさん~、シロウちゃんがこれから真面目に高校通うんだって!」

「へえ、そりゃいい! 心配してたもんな猫ちゃん」

「今日はお祝いよ~」


 猫がデンモクを操作してカラオケに曲をいれる。

ステージのモニターにでかでかと『学園天国』の文字。


「アーユレディー?」

「いえー!」

「へ~いへいへいへ~いへい!」

「へ~いへいへいへ~いへい」


 シゲさんと猫のデュエットを聞きながら放心する士狼。いつの間にか日和が近づいて通学鞄から紙袋をとりだす。


「……なにこれ」

「借りてたジャージです。だって、明日から必要だもんね?」


 袋から取り出すと柔軟剤の良い香り。 紺と赤を基調とした動きやすそうなジャージには、長岡綾南高校の校章と、氷室の文字が……



「うっうわあぁぁぁぁ!」

「これからよろしくね、氷室君」


笑顔の日和は、こんな時でも見惚れるほどに可愛かった。



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