第2話 オオカミと七ひきの子ヤギ②

 あれ、僕どうしたんだっけ……?

 そうだ……、を逃がしたところだったんだ……。


『私がを誘い出すから、そのあいだにみんなを外に……』

 ふいにお姉ちゃんの言葉が蘇る。

 小さい子たちはみんなから逃がした。

 あとは僕が逃げるだけだ。


 腕時計を見ると、ちょうど3時を指していた。

 お姉ちゃん、大丈夫かな……。


 時計の秒針はゆっくりと動き続けている。

 僕は時計をそっと撫でた。

 この腕時計はお兄ちゃんが僕の誕生日に買ってくれたものだった。

 誤解されやすいけど、お兄ちゃんは誰より優しい僕の自慢の家族だ。

 だから、僕たちは……。


 そのとき、ドアを叩く音がした。


 思わず顔を上げる。

 え……?

 もう一度腕時計を見た。

 時間は3時を少し過ぎたところ。

 あいつが帰ってくるのはもっと後のはず……。

 足音を立てないように、僕はゆっくりと玄関に向かった。

 もしかしてお姉ちゃんが帰ってきた?


 ゆっくりとドアに近づいた次の瞬間、ドンッと大きな音を立ててドアが軋んだ。


「おい! 開けろ!! クソッ、なんで鍵がねぇんだよ!」

 苛立った声が辺りに響く。


 思わず後ずさった。

 あいつだ……。

 なんでこんなに早く?

 お姉ちゃんは? お姉ちゃんは無事なんだよね?


「おら、開けろ! ああ、違う、違う。優しくしなきゃな。お母さんが帰ってきましたよぉ」

 ドアの向こうで、あいつがおどけた声を出す。


 に、逃げなきゃ!

 ドアはダメだから、窓から!


 そのとき、後ろでさっきより大きな音が響いた。

 あいつ、ドアを壊す気なの!?

 ドンッドンッと大きな音が響き、そのあと金属が弾け飛んで床に転がる音がした。


 ダメだ……!

 間に合わない!!

 とっさに近くにあったクローゼットの中に身を隠す。

 しゃがみこみ、息をひそめた。


 ギーッとゆっくりドアが開く音が聞こえる。


「どこにいるのぉ? かくれんぼかな? なぁ、日向ひなた

 あいつのおどけた声が響く。


 思わず息を飲んだ。

 なんで、僕がいるって……。


「ホントバカだよなぁ、おまえは。おまえの靴だけ玄関に残ってたぞ。ほかの子たちはどうした? どうせあいつと一緒にくだらないこと考えてたんだろ。バレバレなんだよ」

 あいつの声は近づいたり、遠ざかったりしていた。


 僕を探してる……。

 恐怖で声が出そうになり、両手で口元を覆った。

 自然と胸の音は早くなり、息は荒くなっていた。

 落ち着け、落ち着け……! 音であいつにバレちゃう。


「どこに隠れたのかなぁ?」

 ギシギシと床が軋む音が聞こえ、足音が近づいてくる。


 カチカチカチカチ……。

 時計の音はいつもより大きく響いているようだった。

 静かにして、お願い!

 じっと息をひそめていると、ふいに外の音が何も聞こえなくなった。


 諦めた?

 諦めて出ていってくれた……?


 ゆっくりと顔を上げた瞬間、クローゼットが開き、光が降り注ぐ。

 眩しさに思わず目を細めたが、すぐに影が差した。


「見ぃつけたぁ!」

 逆光の中あいつが顔を歪めて笑った。


「あぁああぁああ……!」

 その声が耳障りだったのか、あいつが荒々しく僕の右手首を掴む。

「うるせぇな!!」

 あいつは僕を引きずり出すと、勢いよく床に叩きつけた。

「ひッ……!」

 右手首を掴んだまま、あいつはもう片方の手で僕の首を掴む。

 目の前には楽しげに歪むあいつの顔があった。


 床に叩きつけられた衝撃のせいか、時計の音はもう聞こえなくなっていた。

 助けて、誰か! お兄ちゃん……!!


「……日向? 中にいるの?」

 そのとき、玄関の方から柔らかい声が聞こえた。

 お、お姉ちゃん!

 あいつが玄関の方を見て、ニヤリと笑った。

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