私はいつまで経っても”本物”にはなれないんです。

「私はいつまで経っても”本物”にはなれないんです。」


 いつも吐き続けていた言葉だった。暗く、しかし透き通った培養液を通して彼は言葉を投げかける。それに彼女創造者はほとほと困った様子で彼を見つめながら、いつもこう返していた。


「そんなことはないだろう。君は君であり、誰も君になることはできないんだから。」


 彼女は溜息をついた。彼女以外誰もいない暗い研究室内であったからか、いやに溜息が響く。確かに自身の最高傑作がいつまでも”完成”を拒んでいたら、そう溜息をつきたくなるのもわかる。いつまでもこの研究室にいれるわけでもなく、リミットは刻々と近づいてきている。


「けれど私は私になることができません。」


 端的な返答は彼女を黙らせるのには十分だった。それはそうだ。そのように創ったのは彼女自身だからだ。続けて彼は言う。


「私には誰かになることしかできないのです。”本物”には決してなれないのです。」


 またも、彼女は溜息をついた。思わず頭を抱えて、どうしようかと悩み始めてしまう。彼はそれをじっとガラス越しに見つめたまま何も言わない。静かな、重苦しい時間が流れる。ああもう今日は一旦終わりにしよう、そう彼女は呟き立ち上がろうとした。瞬間鋭い警告音が部屋を満たす。先ほどとは一転して、騒々しくなった部屋で彼女は諦めの表情をしていた。


「……ああ、来ちゃったか。もうちょっと保つと思ったんだけどね。年貢の納め時かな。」


 そう言うと彼女は立ち上がり、足早に研究室の設備を起動させていく。そのたびに暗い研究室が照らされ、彼の姿が露わになっていく。


「ごめんね、もうだめなんだ。今、君を完成させる以外の選択肢はなくなった。」

「……」


 彼はそれに黙ったまま、ずっと彼女を見つめている。研究室に明かりが完全に灯された時、彼女はスイッチに手を掛けたまま彼に向き直る。その彼女自身を元に作り出されたに。彼女は禁忌の研究に手を出し、誰も為し得なかったそれを完成させようとしているのだ。


「もう反抗期はこりごりだ。君が一人で生きていけるだけのことはもうした。創造者としての当然の役目だからね。君はもう自由だ。無責任かもしれないけれど、そうするしかない。」

「……」


 彼は未だ沈黙を保っていた。彼に語りかけている間にも、研究所を破壊している音はもうすぐそこにまで近づいてきている。


「最後に。君は何をしてもいいが、一つだけお願いをしておこう。」


 彼女はマイクを掴み、誰にも聞かれぬように小さく呟く。言い終えるとすぐにスイッチを押す。そうすると彼の入っていたガラスケースごと、どこかに送られていった。彼女は笑っていた。迫りくる敵を笑って迎えて歓迎する。


「あゝ、何と愉快な人生だっただろう! 君も、そう思うだろう?」


 彼女は叫んだ。迫りくる敵、銃弾、魔法全てに。そうしてひとしきり大笑いしたあと、頭を撃ち抜かれて死んだ。




 ――――――




 上昇するガラスケースの中で、彼も笑っていた。彼女の馬鹿げた、本当に馬鹿げたに。その願いを思わず叶えてみてみたくなるほどに。


「あゝ、面白い! 私が私になれないことなど些細な問題だ! 創造者我が母よ、私がその願い叶えてみせよう!」


 その笑い声はガラスケースの中を満たし、彼の計画がここから始まったのだった。彼、後の《仮面Editor》の計画が。

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