第3話 菅生先輩との出合い(2)
金曜日の定時後、いつものように休憩スペースで会話していたが、思い切って先輩にSNSのアドレスを尋ねてみた。
「ごめんなさい。私、今は、やっていないの」
(断る場合の常套句じゃないか)
(やらかした、やらかした、やらかした)
「申し訳ありません。失礼します。もう関わりません。今までご迷惑をおかけしました」
僕は、そう言った後、脱兎のごとくその場を去った。
ふと中学時代のことを思い出した。
当時、よく話すと思っていた女子に、
「付き合ってください」と言った僕を置き去りにして、走り去ったその子はそれ以来、僕と口を利くことはなかった。
* * *
気が付くと、家に帰ってフロアに突っ伏していた。どこをどう帰ってきたのか、思い出せない。
気が付くと、泣いていた。アラサーの
* * *
気が付くと、窓が白くなっていた。夜が明けつつあるようだ。泣きながら寝てしまったらしい。
この世の終わりでもなければ、夜は明け、朝は来る。
僕は、毎日の朝のルーチンワークを始めた。
僕にとっての非日常が終わり、通常運転に戻っただけだ。
ただ週末は、何もする気になれず、ごろごろしていただけだった。
月曜日。会社に行きたくはないが、サラリーマンに行かないという選択肢はない。
オフィスについて、PCを立ち上げ、社用メールを開くと、先輩からメールが来ていた。
恐る恐る開けると、「ごめんなさい」という表題だった。
「金曜日、誤解させちゃったね。私、昔ちょっとトラブルがあって、今はSNSを使っていないの。岡崎くんとなら、再開しようかな。私のアドレスはこれです。岡崎くんのアドレス教えてください」
と本文に綴られていた。
僕にとっての非日常が戻ってきたらしい。
限りない喜びに身を震わせた。
* * *
同期入社で法務部所属の
同じ大学出身ということもあり、多少は気安い関係だ。
「菅生さんって美人だなぁ」
「また、いきなりそんなこと言って。まぁ岡崎とは縁はなさそうだけどね」
「ただ彼女、体調を崩した時期があるそうで、調子を見張ってやってくれと課長に頼まれているのよ」
(そう言えば彼女は中途入社だったな、関係があるのかなぁ)
僕は、本題を切り出した。
「能見さん、菅生先輩を飲み会に誘ってほしいんだよ。経理部の後輩を連れてくから、能見さんも参加で4人で」
「菅生さん、あんまり飲み会には参加しないみたいだけど」
「そこを何とか頼むよ」
「声は、掛けてみるわ。飲み代は全部君の奢りで」
「全部持つ。まったく問題ない」
「えらい力の入り具合ね」
「竹刀や竹光ではない、まさに真剣である」
* * *
午後に能見さんからチャットが来た。
「菅生さん、来週の金曜日なら参加するって」
「恩に着る」
そして飲み会当日。
菅生先輩の前に陣取った僕は、一生懸命話しかけ、先輩も相手をしてくれた。
楽しかった。
* * *
週開けて月曜日、能見さんにチャットした。
「飲み会楽しかった。能見さん、また先輩を誘ってくれよ」
すぐに返事があった。
「いや無理。絶対いや」
「飲み会中、ずっともう菅生さんと2人だけの世界を作っちゃって」
「まぁ菅生さんは、ときどき目線で救いを求めてたけど、嫌がってはいなかったかな」
「経理部の後輩君は放置されぎみで気の毒だったけど」
「今度は、自分で誘いな、多分OK貰えるから。知らんけど」
(しょうがない、自分で誘ってみるか。OKって言ってくれるといいけど)
* * *
今度は先輩に2人だけで食事しに行こうとSNSで誘ってみた。
かなり間が開いたが「OK」の返事が返ってきた。
* * *
約束したイタリア料理屋に先輩と来ている。
先輩は、少し緊張気味だった。
店に入って、あっという間に、一杯目のグラスワインを空け、追加注文した。
先輩が、自分の今までの事を色々と話してくれた。
―――東京出身で、幼稚園から四つ葉学園で、エスカレーター式に小中高と上がり全て女子校。
(挿絵その5)高校生時分のイラスト
https://kakuyomu.jp/users/35krypton/news/16818093090998603235
(挿絵その18)中学生時分のイラスト
https://kakuyomu.jp/users/35krypton/news/16818093094536489500
(東京女子御三家のうちの1つじゃないですか)
成績優秀で、高校では生徒会長もやった。女子生徒にモテた。
高校2年の時は、バレンタインデーに下級生を含めチョコレートを数十個貰う羽目になって、申し訳ないけど、覚えきれないので、もらうときに名前とクラスをノートに書いてもらった。
お返しを買うのが大変で、お母さんに頼んでこの月だけはお小遣いを増やしてもらった。
手作り品は、申し訳ないけど食べられなかった。
モテる私が面白くない人いるだろうから、変なもの混ぜられても困るので。
―――大学を選ぶ際には、修学旅行で行った京都に憧れて、京都大学にした。
お父様が、家賃がもったいない、と言って大学近くのファミリー向け分譲マンションを1室買ってくれ、今もそこに住んでいる。
男の子と教室が同じなのは、なんと12年ぶり。幼稚園以来。
アニメサークルに入って、アニメとか漫画の話をしたら、男の子の視点からの話が面白かった。
女子校育ち、あるあるだけど、当時の私には話をしていて興奮すると相手の両手を握ってブンブン振ってしまう癖があって。
「うんうん、分かる、分かる」とか言って。
そしたら、話してた男の子が「勘違い」してしまって、私に告白してきた。
付き合う積りはないから断ると、その子サークルから脱退しちゃって。
そういう男子が2,3人と続き、私も気が付いて、男の子と距離を取ったけれど、時すでに遅しで、私は「サークルクラッシャー」になってしまい、サークルに居ずらくなった。
こうなるまで2か月掛からなかった。
別に入っていた、真面目な学習系サークルでも、同様に退部者を出してしまい、結局、私は自らすべてのサークル・クラブから退部した。
それから、男の子とは接触しないよう、基本1人で行動。勉強に勤しんだ。
小中高の友達はほとんど関東の大学に行ったので、ほとんど会わなかった。
勉強ばっかりしてたので、4回生の時に司法試験に合格することができた。
1年間の司法修習の後、N&A法律事務所で働き始めたけれど、新人弁護士には人権はない。朝早くから深夜まで働くからセブンイレブンと称されるぐらい。給与はいいんだけど、使う時間がなかった。
そんな生活が7年間続いた。無理がたたって、私倒れたの、働けなくなった、体が動かないの。
それで入院して、療養して……
ようやく今年の4月から働けるようになったけど、東京での通勤の満員電車がうっとうしくて、大学時代を過ごした京都の会社にしたというわけ。
* * *
ほとんど独白状態で話しながら、先輩は飲むペースを上げていき、しまいには、突っ伏して寝ててしまい、酔いつぶれてしまった。
(挿絵その15)
https://kakuyomu.jp/users/35krypton/news/16818093091033193365
タクシーを呼んだが、先輩一人では帰れそうもないので、僕が送っていくことにした。
先輩を起こして住所を聞いて、タクシー運転手さんに告げる。
マンション前についたが、先輩はまた寝ている。
何とか起こし、カードキーを出してもらい、入口ドアを開いてもらう。
「先輩、何号室ですか」
「305号室」
エレベータで上がり、部屋の前までいき、鍵を出してもらって玄関ドアを開ける。
ドアを開けて驚いた。
ゴミ袋だらけだ。よく見ると京都市の資源ごみ用の透明なものだけだ。
黄色の生ごみ用だったら、大変なことになってる。
「先輩、寝室はどこですか」
返事がない。
しょうがないので、一部屋一部屋確認し、ベッドのある部屋を確認した。
やけに家具が少ない気がする。
先輩をベットに運び、メガネを取って寝かす。
エアコンのリモコンを探し出し、スイッチを入れ冷房28度に設定。
「ふう」
図らずも先輩の部屋に来てしまった。
それにしても、このゴミ袋の量。
これは……
先輩を一人にしておけない。
その後一晩中、スマホで動画を見たりしながら、先輩を見守った。
泥酔状態なので、嘔吐すると、吐しゃ物をのどに詰めて、窒息する可能性があるからだ。
* * *
窓が白み始めた。夜が明けつつあるようだ。
先輩が目を覚まし、体を起こした。
「岡崎くん……、どうして、ここにいるの」
(挿絵その6)
https://kakuyomu.jp/users/35krypton/news/16818093090998952166
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