第4話 菅生先輩との出合い(3)
「岡崎くん……、どうして、ここにいるの」
先輩は体を起こした後、両手で自分の体に触れ、着衣状況を確認している。
先輩の目が少しきつくなっている。
「な、な、何もしていませんから」
「覚えていないんですか、昨日2人で飲みに行ったじゃないですか」
「先輩、泥酔して一人で帰れなかったので、僕が送りました。あと事故があるといけないので起きるまで見守ってました」
「事故って?」
「戻したものを喉に詰めて窒息することです」
先輩は昨夜のことが、はっきりとは思い出せていないようで、半信半疑の様子。でも納得してもらうしかない。でないと僕が死ぬ。色んな意味で。
「――病気してから、お酒弱くなっちゃった……」
先輩はつぶやくように言った。
僕は強引に話題を変えた。
「ところで先輩、ゴミ袋どうしたんですか、出してないんですか」
「生ごみは貯めるとまずいから出すんだけど、プラごみの方はつい億劫で……」
「ゴミ袋にいれる前に洗ってあるから、大丈夫よ」
「そういう問題じゃないです」
「捨てましょう、次の回収日の朝に来ますから、僕が出します」
「これは決定事項です」
「そうしないとGが出ます」
「Gって」
「あれですよ、あれ。黒い、名前を言ってはいけない、あの生き物です」
先輩の頬が少しひきつった。分かったようだ。
「分かった、分かった自分で捨てるから来なくていい」
「絶対、捨ててくださいよ、先輩」
「ところで、先輩は食事はどうしてはるんですか」
「前に、会社での昼食はゼリー飲料だと聞いた気がしますが、朝食や晩御飯はどうしてはるんですか」
「朝食は、パンをトースト。晩御飯は、コンビニか弁当屋で調達かな」
もう見てらんない。
義を見てせざるは勇無きなり。
僕はもう放ってはおけない。
「先輩って、アレルギーや苦手な食べ物ありますか」
「特にないけど」
「卵焼きは、甘めが好きですか、塩味がいいですか」
「甘めかしらね」
「分かりました。月曜から先輩のお昼にお弁当を作りますから、食べてください」
「何を言い出すの、岡崎くん」
「いつも自分の分を作っているので、1つ作るのも2つ作るもの手間は変わらないので」
「まずは試してみましょうよ、先輩」
僕は強めに出てみた。
「1回ぐらいなら」
先輩は渋々という感じで受け入れた。
さすがに徹夜明けで眠かったので、その後早々に先輩の家を後にした。
* * *
月曜の朝になった。いつも通り6時に起き、毎日のトレーニングメニューをこなし、朝食と先輩の分も含めお弁当作りを始めた。
先輩のお弁当箱は、かわいいのを2つ買っておいた。
お弁当を1つ作るのも、2つ作るのも手間に大差はない。いつものメニューに今日は冷凍しておいた鶏の唐揚げを加えた。
お弁当の受け渡しには、冷蔵庫を使うことにした。
本社ビル内で法務部は5階、経理部は4階に存在する。
各階に炊事・冷蔵庫コーナーがあるのだが、5階の冷蔵庫に僕が先輩のお弁当を入れておく。
先輩には、予め弁当をいれた袋の写真をSNSで送信しておく。
先輩は食べ終わったら、弁当箱を元の袋に入れて、また元の冷蔵庫に戻す、という段取りだ。
お昼になった。
先輩からSNSで「おいしかった」とメッセージがあった。
僕は定時後に本社ビルの5階に上がり弁当箱を回収し、SNSで「明日も用意しますね」と連絡した。
ややあって先輩から「ありがとう」とメッセージが返って来た。
* * *
先輩にお弁当を作り始めてしばらくした日、
僕はそれに答える。
「岡崎、知ってる?
「先輩だって、自分で弁当作ることもあるだろう」
「いいえ、あれは自分では作ってないね。ゼリー飲料オンリーだった人がいきなり弁当自作すると思う?」
「気が変わったんじゃないか」
「それに食べる前に、いただきますと手を合わせてた」
「ゼリー飲料飲んでたときは、そんなことしてなかった」
「誰が作っているのかしらね、岡崎。気になる?」
「さぁ、先輩自身だろ」
(ほんとは僕だけど、絶対言わない)
チャットなので表情はわからないが、能見は含み笑いをしていそうだ。
「ところで岡崎、今日の君のお弁当の品目は何だい」
「きんぴらごぼう、高野豆腐の煮物、ひじきの炒り煮、卵焼き、シューマイだが」
(挿絵その12)
https://kakuyomu.jp/users/35krypton/news/16818093091027718793
「ぐーぜんね。菅生さんのお弁当も全く一緒なのよ、ふしぎねー、そんなぐーぜんがあるのねぇ」
「私、席が隣なんで菅生さんのお弁当の中身、見えるんだ」
(
僕としては、気恥ずかしかったが、まぁ先輩が食べてくれているなら、よかった。
* * *
今日は、6月27日。錬金術が使えるようになって2週間ほどたった。
この錬金術の使い方について菅生先輩に相談したい。
でもどうやったら錬金術が使えることを説明できるだろう。
物を2つに複製して持って行っても、元から2つあったのと区別がつかない。
先輩の目の前で実行すれば、説明できるが、全裸になる必要があるから無理だ。
世の中に2つと無いものが存在すればいいのだが……
そうだ、これがあるじゃないか。これを複製しよう。
僕はそれを複製し、それぞれを仕舞った。
先輩と金曜定時後に居酒屋で会う約束を取り付けた。
* * *
今は金曜日定時後、菅生先輩と2人で居酒屋の個室に居る。
先輩には、聞いてもらいたい話があると、声をかけている。
「岡崎くん、いつもお弁当をありがとう。ところで、どうしたんだい、
「先輩、僕、先日30歳になりまして」
「おめでとう岡崎くん」
「それで錬金術を身に付けたんですよ、30歳まで清らな体を保つと、というやつです」
「ははぁ、今日はそういう設定か、設定につきあうぞ」
「それで、これを見て欲しいんですよ」
僕は、ズボンの左の尻ポケットから財布を取り出し、右の尻ポケットからもう1つ財布を取り出した。
それぞれの財布から1枚ずつ新千円札を取り出し、先輩に渡した。
先輩は
「よーく、見比べてくださいね」
「今度はなんだ? エラー紙幣でも見つけたか」
「こういうのは、2枚揃えて重ねて端を抑えて、1枚だけをピラピラすると、違いが目立つんだ。知ってたかい、岡崎くん」
先輩は千円札を重ね1枚をちらちらと動かしていたが、ふいに手の動きが止まった。
気づいたのであろう、先輩は大きく目を見開き、千円札の番号部分を確かめていた。
(挿絵その7)
https://kakuyomu.jp/users/35krypton/news/16818093090999091630
そしてゆっくりと顔を上げ、言った。
「これは……」
「言ったでしょう。錬金術を身に付けたと。コピーしたんです」
見ると先輩は、ポカーンと口を開けていた。普段あまり表情を変えない先輩にしては珍しい。
こういう先輩も、かわいいなと、僕は思っていた。先輩が可愛いコレクションがまた1つ増えた。
「なんなんだ、これは。同じ番号の千円札が2枚あり、それぞれには透かしもあるし、ホログラムシールもある。本物としか思えない」
先輩は2枚の紙幣を見比べながら言った。
「錬金術でコピーしたんです」
「じゃあなんで、よりによって新紙幣をコピーしたんだ。ばれたら大変だぞ。偽金づくりは罪が重いぞ」
「知っていますが、他に方法がなかったんです」
「だから別々の財布に入れて、持ってきたんです。同じ番号の新千円札が入った財布を落として、落とし物として届けられ、万が一警察に気づかれたら僕の人生が詰んじゃいます」
「私の目の前で、君のいう錬金術で別の物を複製すればいいじゃないか」
「それが出来ないんです」
「だってこの錬金術を使うには、全部服を脱ぐ必要があるからです。つまり全裸で」
「だから、世の中に1つしかない物を自分の部屋で複製しました。全裸で」
大事なことなので2回言いました「全裸で」。
「このことを先輩に伝えたのは、これの利用方法について相談させて欲しかったんです」
「先輩も気づいてると思いますが、やり方次第では途方もない財産を作れます」
「わかった岡崎くん、君の錬金術について詳しく教えてくれ」
それから僕は先輩に説明した。
右手で触れているものを元素として材料にして、左手で触れているものを2倍にすること、別の元素に転換することはできないこと、1日1回しか利用できないこと、足りない元素があると周期表が頭の中に現れ、不足している元素部分が光ること。複製したものも複製できること。それに童貞に限ること。
一番の問題は全裸で行う必要があること。
「体に影響は出てない? 疲れたり、痛みとかない?」
「それはないです」
「ふむふむ。1日1回しか利用できないとはいえ、2倍になるのはすごいな」
「毎日2倍にすると理論上は10日で約千倍に、20日で約100万倍に、30日で約10億倍になるというわけね」
「さすがですね先輩、計算が早いです」
「重さで言えば、最初1gだったものが、10日で1kg、20日で1t(トン)、30日で1,000t(トン)てことか」
「ダイヤモンドは試してみた?」
「右手に木炭、左手にケシ粒みたいなダイヤモンドを持って複製しました」
先輩は、検索しているのかスマホを操作した後、言った。
「明後日の日曜日の早朝に、海に行って錬金術を試すわよ。岡崎くんはズボンの下に水着を着てきて。それと大きいブルーシートを買って持ってきて」
「私は、明日お店で複製するものを買ってくるわ」
「京都駅塩小路側の中央口正面改札前に朝5:15に集合してJRで須磨海岸駅に行くわよ」
海ですか……先輩の水着姿を想像していると、先輩に
「何、鼻の下伸ばしているのよ」
とほっぺたをつねられた。
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