第2話 菅生先輩との出会い(1)

 それから、色々なものを通信販売で購入しては、毎日「倍増」した。

 大きいダイヤモンドは高いので、ケシ粒ぐらいのを買って、木炭を原料に増やしてみた。


 ルビー(天然物は高いので合成品を買った)は、Wikipediaによると酸化アルミニウムと金属クロムからなるとあった。

 アルミニウムはアルミ箔を、クロムはステンレス・スチール製のスプーンを使った。ステンレスには、クロムが含まれているからだ。

 酸素は、空気中のものが触れていると認識されたようだ。

 

 また錬金術で作成したものを更に増やせることも確認できた。


 この錬金術の使い方について近頃知り合った、会社の法務部の菅生葵すごう あおい先輩に相談したい。先輩なら、弁護士で法律知識もあるし、言い方はアレだがちょっとぶっ飛んだところもあって適任だと思う。




 * * *



 

 菅生葵すごう あおい先輩との出会いは、4月初めごろにさかのぼる。


 僕は、法務部に契約の検討をお願いしに来た。経理部がメインバンクと締結するもので、海外子会社を含めた会社の運転資金をプーリングして、グループでの有利子負債の削減と資金の効率的な運用を目指すものだ。


 今まで何度か、法務部に依頼したことはあるが、打ち合わせに参加した法務部の担当者は、初めて見る人だった。


(挿絵その4)

https://kakuyomu.jp/users/35krypton/news/16818093090997407779


「はじめまして。よろしくお願いいたします。菅生すごうと申します。今年4月に中途入社したばかりです」


 と挨拶された。黒髪ロングの長身スレンダー女性で、眼鏡美人だ。年の頃なら、どうだろうか20代後半から30歳ぐらいか。

 僕の理想のタイプを具現化したような女性だ。一目惚れである。ただ今後、縁を結ぶことはないだろう。僕には高嶺の花というやつだ。


「菅生さんは、弁護士資格も持っている優秀な人なんだ」


 同席した法務部の課長が言った。



「懐かしいわ」


 審査対象のプーリング契約書を見て菅生さんは言った。


「昔、N&A弁護士事務所に居たときに作ったやつだわ」


 N&A弁護士事務所といえば、大手四大法律事務所の1つで、若く優秀な人しか入れないことは、僕でも知っている。


「優秀なんですね、若くして司法試験受かったんでしょう」

「大学4回生の時だったわ」


(「回生」って関西でしか使わないよな。その割には言葉に関西のアクセントはあまり感じられないけど……)


「関西の大学ですか」

「お分かりなのね、京都……、の大学」

京大きょうだいですか、さすがですね」

「もう。私のことはいいから、契約の話をしましょう」


 法務部の課長は、あきれ顔で僕を見ていた。




 * * *




 法務部での打ち合わせが長引き、お昼の休憩時間に食い込んでしまった。

 僕は、自作弁当を持参しているので問題ないが、法務部の面々が社員食堂で食べているなら、出遅れてしまっている。


「お昼休憩時間に食い込んでしまい、申し訳ありません。社員食堂に行かれるんでしたら、出遅れてしまいましたね」


菅生さんは言った。


「大丈夫、食堂には行っていないから。わたし昼ごはんは、いつもゼリー飲料か、カロリー・ブロックなんです」


(好みの問題ではあるが……。あんまりな食事だなぁ)



 その後、経理部へ帰る間際に菅生さんがボソッと僕に聞いてきた。

「ガンダム、お好きなの?」

「なんで判らはるんですか」

「だって持ってるその赤い手帳、シャア専用でしょう」


 手帳の外側にガンダムの文字はなかったはずなので、これをシャア専用とわかるのは、かなりの通である。


「うちの父は、ファースト至上主義者で、子供の頃に布教されたわ。ゼータZZダブルゼータ以降は彼の中では無かったことになってるみたい」


 これが菅生先輩との出会いだった。



 経理部の自席に戻るやいなや自分のPCでWeb検索した。

 弁護士は、なりすましを防ぐため弁護士会がWebで検索可能にしており、全員の名前と何年に合格したのかがわかるのだ。

 菅生さんを検索すると、「菅生すごう あおい」(20xx年合格)と出た。大学は現役合格だろうから、彼女は31か32歳だ。

 僕より1,2年先輩だ。


(菅生先輩か)



 * * *



 ある日、定時後直後に、本社ビルの3階にある休憩スペースに行くと、菅生さんを見つけた。置かれた椅子に腰かけ、テーブルに飲みかけのコーヒーを置いている。

 カバンを持っているので、これから帰るところらしい。


「お疲れ様です、菅生先輩」


先輩は怪訝そうな顔をした。


「先輩って、岡崎さんの方が社歴が長いじゃない」

「でも菅生さんって、20xx年に司法試験に合格していて、その時大学4回生だったんですよね。それなら僕にとって1~2年、人生の先輩です」


「まぁ、そうなるのかしら」


先輩は、渋々納得したようだ。


僕は、重ねて声をかけた。


「先輩、今日は仕事上がりですか」

「私、残業はしないからね」

「仕事終わりに、いつもここでコーヒーを飲んでから帰るの」


(これはいいことを聞いた。偶然を装って定時後に、ここに来て先輩と話そう)


「ところで先輩って一言でいうと、法務部でどんな仕事しているんですか」

「そうねぇ、二度と読まれない文書の検討と、一度も読まれない規則の作成よ」

 

 ドヤ顔をしながら、先輩は言った。


「何ですか、そりゃ~」

「二度と読まれない文書は、契約書のことよ。契約書っていったん締結したら、本件がトラブルにならない限り、2度と読まないわ」

「じゃぁ一度も読まれない規則は?」

個人情報取扱方針プライバシーポリシーとか利用規約とかよ」

「Webサービスを利用するときに表示されるでしょ。そして読まずに『承認』するやつ」

「確かに読まないなぁ」

「私は仕事だから、作成して検討するけど、あんなもの読む人いないわよ」

「ああ言ってて、むなしくなってきたわ」




 * * *




 ある日、休憩スペースでコーヒーを飲みながら、こんなやり取りをしたこともあった。


「聞いて聞いて、岡崎くん」

「どうしたんですか先輩」

釘宮理恵くぎみや りえって声優さん知ってるわよね」

「もちろん! くぎゅさんね。『とらドラ』の逢坂大河あいさかたいがの役とか、『恋愛サーキュレーション』とか」


「今日、契約の審査をしていたら、相手の会社の署名欄に「釘宮理恵」って書いてあるのよ」

「えっ」

「ふざけてるのかと思ったわ」

「そうですよね、釘宮って珍しい苗字だからなぁ」

「でも念のため、その会社のWebで確認したら、社長さんのお名前が、なんと『釘宮理恵』なの」

「同姓同名ってこと?」

「そう。しかも二人は同年代っぽい」

「そら、また……」

「二人は多分、親類でもないでしょうし」

「どうしてですか」

「だって、親類の同年代の子と同じ名前なんて付けないでしょう」

「そりゃそうですね、偶然の一致か」

「今日は、ずっとこれが言いたくて言いたくて、しょうがなかったんだけど、法務部内にはアニメ好きがいなくて、この驚きを共有できなかったの」

「岡崎くんと知り合いになってよかったわ」


 僕は先輩の発言のうち「知り合い」部分には若干の寂しさを感じたが、「よかったわ」部分にはうれしさを覚えていた。




 * * *




「岡崎くん、マジョリティとマイノリティ、どっちの方が数が多いと思う」

「そんなの決まっているじゃないですか、数が少ないからマイノリティなんですから」

「違うわ。マジョリティの方が少数派なのよ」


 先輩がまた変なこと言ってる。


「先輩、それは変ですよ」

「いいえ、マジョリティの割合って、きつめに設定を置くと、計算できるんだよ」


 先輩はノートを取り出し、書き出した。


「ある性質に該当すること、すなわちマイノリティとなることを確率変数1/n(n>1)とおくと、マジョリティである確率は1-1/nと表せ、このような性質が同じ割合で無限に存在する場合、全ての性質においてマジョリティである確率は

lim[n→∞](1-1/n)^n で


(挿絵14)

https://kakuyomu.jp/users/35krypton/news/16818093091031676774


=lim[n→∞]((n-1)/n)^n

=1/lim[n→∞](n/(n-1))^n

=1/lim[n→∞](1+1/(n-1))^n

=1/lim[n→∞]((1+1/(n-1))^(n-1))*(1+(1-1/n))

=1/e

 1/eは(eは自然対数の底2.718...)なので0.36ぐらい。

 0.5よりも小さいのでマジョリティの方が少数派ということになるわ」


(何のことだか分からないです、先輩)


「言い換えれば、ある1つの性質において少数派ならマイノリティなのだけれど、全ての性質において多数派となることは少ないので、マイノリティの方が数が多いってこと」


(分かった様な、分かんない様な)


 先輩は、ときどきマッドサイエンティストみたいな発言をする。

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