第32話 闇の奥底

優子が目を覚ました時、そこは見慣れない場所だった。白い壁と鉄格子のついた小さな窓がある部屋。病院のようにも見えるが、どこか不気味な雰囲気が漂っている。周りには見覚えのない医者たちが集まり、不安そうな表情で彼女を見下ろしていた。


「大丈夫ですか?大変なことになっていましたから。」


声が耳に届くが、優子には実感が湧かなかった。周りの人々の不安げな視線が、逆に焦燥感を増幅させる。


「私……何をしたんだろう?」


声を絞り出すように問いかけたが、医者たちは黙ったままだった。返事を待つ暇もなく、彼女の視界が暗くなっていく。あの小さな箱のことが頭をよぎる。あの写真、そしてメッセージ。彼女は深く、暗い場所へと引きずり込まれるような感覚に襲われた。


「よくわからないんです。でも、私たちはあなたを守りたかったんです。」


医者の声が遠くから聞こえてくる。優子はただ視線を落とし、手のひらに血の感触が戻るのを感じる。


「もう一人で解決する必要はありません。私たちが手を貸します。」


その言葉に、優子は背筋が凍る思いがした。孤独の中で生きることに慣れてしまった自分が、いきなり助けを求められることへの恐怖。彼女の中の何かが壊れ、再び戻ることのない場所へと連れて行かれるような感覚。


「助けてくれて、ありがとう……」


その言葉が、空しい響きにしかならなかった。彼女は医者たちを信じることができない。だって、誰もが裏切り、嘘をつく世界にいるのだ。再び心の扉を開くことなんて、できるわけがない。


「優子さん……」


佐藤の声が優子の耳元で聞こえた。彼女は目を見開き、無意識に身体を引いた。


「もう一人でいる必要はないんだよ。私たちが君のためにいる。」


「もう、誰も信じられない……」


彼女は低く呟く。孤独が染みついた彼女の言葉は、部屋の中で反響する。


「大丈夫、君には私たちがいる。君を守るために……」


その言葉が虚しく響く。守られることなど、ない。過去に何度も裏切られてきた彼女には、もう誰も信じられないのだ。


「私……どうすればいいの?」


涙を堪えることもできず、彼女は顔を手で覆った。周りの医者たちの目が、彼女の中の暗闇をさらけ出すようで、その視線が優子を押し潰す。


「まずは、君自身と向き合わなければいけない。」


佐藤が再び口を開く。彼の声も、どこか響かない。彼女を助けたいと思っているのか、それともただ自分の役割を果たしているだけなのか。


「私の闇と向き合う?」


優子は笑うような声を出した。自分の中の恐怖と、今まで逃げてきたすべての影を見つめるなんて、耐えられない。


「そうだ、闇の中で足掻くしかない。君自身が光を見つけなければ、永遠にここからは抜け出せないんだ。」


「もう光なんて、見えないよ……」


彼女は視線を逸らし、床の汚れを見つめた。心の中に広がる空虚が、すべてを飲み込んでしまいそうだ。


「なら、どうする? ここで終わりにするのか?」


佐藤の声が低く響く。彼の問いが、優子の中で反響する。


「終わり? それは私が決めることじゃない……」


優子は自分の中で何かが崩れていくのを感じる。自分を信じる力なんて、もうどこにもない。


「でも、何かしないと……」


彼女は再びベッドの上で身体を起こし、窓の外を見つめた。


「何をする? どこに向かう?」


部屋の扉が突然開く音が響き、彼女の目の前に現れたのは、例の小さな箱だった。恐る恐るそれを取り、蓋を開ける。中に入っていたのは、一枚の写真。そこには、過去の彼女が友人たちと笑顔で写っている。


「何……これ……?」


涙があふれ、彼女は自分の過去を見つめた。友人、笑顔、そして一瞬の光――それがどれだけ遠く感じるか、もうわからない。


「これは、あなたの過去だ。忘れてしまっているだけだ。」


佐藤の声が、闇の中で響く。彼の言葉がどうにも虚しく聞こえた。自分の中の光を見つけることができるのだろうか。


「私は、闇の中でしか生きられないのか……?」


優子の声が震える。佐藤は一瞬迷った後、ゆっくりと彼女の手を握った。


「光は、今ここにはない。でも、見つけることができると信じるしかないんだ。」


「信じる? 何を……」


彼女は再び目を閉じ、涙を流した。自分を信じる力すら、もう持っていない。


「君が強くなるための一歩だよ、優子さん。」


彼の声が、どこか無力に聞こえた。だが、それでも彼はその一歩を踏み出すことを望んでいるようだった。


「私は……一人だ……」


優子は小さく呟く。そして、心の中の恐怖が彼女を完全に支配する前に、視界が再び暗転する。


そして、意識を失う。

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