第31話 破壊の兆し

夢見が悪かったせいか、頭がぼんやりしていた。体がずっと痛むような感覚がして、動くのがやっとだった。時計を見ると、朝の九時を指している。彼女の家は深い静けさに包まれていた。


「何かを変えなきゃ……」


彼女は自分にそう言い聞かせた。だが、どうすればいいのか分からない。家の中で自分を襲う恐怖に対する対策が見つからない。彼女は壁に寄りかかり、しばらく深呼吸をして落ち着こうとした。


その時、携帯電話が再び鳴った。受話器を取ると、今度は匿名のメッセージではなく、佐藤の声が聞こえてきた。


「優子さん、もう一度お会いしたいんです。話がしたいんです。」


「……佐藤さん……」


彼女の声は震えていた。どうしても他人と関わることが怖くて、電話越しの会話さえも怖く感じる。


「お願い、少しだけ。今度こそ、一緒に解決策を考えましょう。」


佐藤の声には本気の情がこもっていた。彼女は少し考えた後、ようやく頷いた。


「分かった。会いましょう。」


約束の場所は、彼女が最も安心できる場所――公園だった。優子が着くと、佐藤は既にベンチに座って待っていた。彼女の姿を見るなり、すぐに立ち上がり、優しく彼女を抱きしめた。


「怖かったでしょう?」


「……うん。」


彼女は小さく答えた。涙が頬を伝って落ちてくる。これまで感じていた孤独や不安が、今、彼の腕の中で少しだけ和らいでいる気がした。


「一緒に解決しよう。怖がることなんかないんだ。」


佐藤の言葉が彼女の心にしみ込んでいく。久しぶりに感じる安心感。彼女は涙をぬぐい、頷いた。


「でも、どうすれば……?」


佐藤は彼女の目を見つめた。


「まずは、できることから始めよう。警察にはまだ通報していないんだよね?」


彼女は小さく首を振った。


「でも……怖くて……」


「それも当然だよ。でも、何もしていないと、この恐怖は消えない。少しずつでも、前に進む方法を見つけよう。」


その後、優子と佐藤は警察署を訪れ、彼女の状況を説明した。最初は心配され、事情聴取を受けることになったが、話が進むにつれて、少しずつ安心感が広がっていった。


「こんなことって、あり得るんですね……」


担当警察官の言葉が耳に残る。彼女が経験している恐怖は、信じられないほど異常で特異なものだと理解されていくようだった。


「このままじゃ駄目だ……」


優子はつぶやくように言った。自分の人生が壊れていくような感覚が、ずっと付きまとっていた。


「何か変わらなければ……」


彼女の声は震えていたが、決意が感じられる。それを見た佐藤が、優子の肩に手を置いた。


「一緒にやろう。大丈夫、きっと。」





その夜、彼女は再び例の小さな箱が玄関に置かれているのを発見した。開けるのをためらうが、好奇心には勝てず、箱を開けると、一枚の新しい写真が入っていた。


「……また?」


彼女は息を呑む。写真には、彼女自身が鏡の前で、恐ろしい表情をしている姿が映っていた。


「覚醒せよ。」


写真の裏には、また新しいメッセージが書かれていた。


彼女は震えながら、その写真を壁の隅に押しやると、何かが自分を見ているような感覚がした。壁を背にして床に座り込むと、ひたすらに時が過ぎるのを待つしかなかった。


「もう……限界……」


その一言が、彼女の口からこぼれ出た時、部屋の中で微かな音が聞こえた。まるで何かが動いているような音。それは近づいてくる気配――


「誰か……来る……」


彼女の耳に聞こえてきたのは、静かな足音だった。


「やめて……もうこれ以上……」


震えながら彼女は声を絞り出すが、その声もすぐに消えた。次の瞬間、彼女は意識を失った。


再び目を覚ました時、彼女は全身に痛みを感じ、視界が暗くなっていた。そこには何者かの影が重なっているのが見えた。彼女は一瞬、その影が自分の部屋にいることを悟った。


「何を……?」


声を絞り出すが、その声はかすれて響いただけだった。


「終わりが近い……」


低い声が耳元で囁く。その声に優子は抗う力もなく、ただその言葉を繰り返してしまう。


「もう、どうすれば……」


絶望が彼女を包む。その中で、彼女の意識はゆっくりと闇に沈んでいった。


「終わりが近い……」


再びその声が響いた時、優子の視界は全てが暗転し、次の瞬間、何も見えなくなった。





優子が目覚めた時、彼女は再び病院のベッドの上にいた。周りには不安そうな顔をした医者たちが囲んでいる。


「大丈夫ですか?大変なことになっていましたから。」


その言葉が耳に入るが、優子には実感が湧かない。


「私……何をしたんだろう?」


彼女は声を絞り出すように言った。


「よくわからないんです。でも、私たちはあなたを守りたかったんです。」


医者の言葉に、優子はただ頷くことしかできなかった。


「もう一人で解決する必要はありません。私たちが手を貸します。」


その一言に、優子は心からホッとする――しかし、すぐに彼女の心に恐怖が湧き上がってくる。再び孤独の中に戻る必要がないのだと感じる一方で、その安堵がどれだけ危険なものであるかも理解していた。


「助けてくれて、ありがとう……」


その言葉が、彼女の新しい道を切り開く力となるだろう。だが、闇の中で光を見つけるそのための一歩が始まるとは限らない。


優子の目の前で、医者たちは何かを話していた。その内容は聞こえなかったが、彼女は次第に意識が遠のいていくのを感じた。


「待って……まだ、ここにいるよ……!」


声を振り絞り、意識を保とうとするが、その瞬間、彼女は再び暗闇の中に落ちていった。


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