第30話 再

優子の視界はぼやけていた。冷たい床に倒れ込んだ彼女は、体を起こす力さえ湧かなかった。微かな音が耳に届く――それは彼女の部屋のどこかで、何かがかすかに動いている音だった。


「……誰……?」


震える声で問いかけたが、返事はなかった。ただその音だけが彼女を取り巻いていた。床から起き上がると、手に何かが触れた。それは血のような感触――べっとりとした冷たい液体が手のひらに広がっている。


「これは……?」


薄暗い光の中で自分の手を確認するも、意識がはっきりしない。彼女はふらつきながらも電気のスイッチに手を伸ばし、部屋を照らした。そこにあったのは――彼女の手だけでなく、床一面に広がる赤黒い血の跡だった。


「何……何が起こったの……?」


恐怖で息が詰まる中、視線の先にあったのは、またしても例の小さな箱だった。


彼女は震える手で箱を掴み、恐る恐る蓋を開けた。中にあったのは一枚の写真。そこに映っていたのは、彼女がかつて仲間外れにしていたクラスメイトの一人――血だらけの姿で倒れている写真だった。


「……嘘でしょ……こんなの……」


写真の裏には、またしてもメッセージが書かれていた。


「次はあなた。」


彼女の頭の中は混乱し、過去の記憶が呼び起こされる。いじめ、無視、あざけり――そのすべてが、モモが殺されるまでの自分の過去と奇妙にリンクしていくようだった。


その夜、彼女は眠りにつくことができなかった。恐怖と不安に包まれた中、携帯電話が突然鳴り響いた。


「……こんな時間に……?」


画面を見ると、番号は非通知だった。一瞬出るべきか迷ったが、意を決して通話ボタンを押した。


「もしもし……?」


しかし、返事はない。ただ、受話器の向こう側から、かすかな呼吸音が聞こえるだけだった。


「……誰なの?」


沈黙が続いた後、ようやく低い声が聞こえた。


「見ているよ。」


その一言で、彼女は携帯電話を床に落としてしまった。心臓が激しく鼓動し、冷や汗が全身を覆った。


そして、気を失った


翌朝、彼女は家のベッドで目を覚ました。昨日何があったかをすべて警察に連絡することを考えた。しかし、これ以上自分が疑われる可能性があると考えると、動く勇気が湧かなかった。代わりに、彼女は再び管理人の佐藤に助けを求めた。


「佐藤さん……昨日の夜、またおかしなことが……。」


佐藤は深刻な表情で彼女の話を聞いたが、何も解決策を提示することはできなかった。


「優子さん、あなたが本当に大丈夫かどうか心配です。こういうことが続くと、精神的に参ってしまいますよ。」


「もう参ってます……。でも、こんな状況でどうすればいいのか、私には……。」


「専門家に相談するべきじゃないですか?」


佐藤の提案に彼女は首を振った。これまでの経験から、誰も自分を理解してくれるとは思えなかったからだ。


その日の夕方、再び彼女の家に何者かが訪れた。インターホンの音に怯えながらも、彼女はモニターを確認した。しかし、そこには誰の姿も映っていなかった。


「また……?」


恐る恐るドアを開けると、足元にまたしても箱が置かれていた。彼女はもう開けるのをためらったが、無視することもできなかった。


中を確認すると、今回は写真ではなく、小さな紙片が入っていた。


「時計を止めろ。」


その言葉の意味を理解する前に、彼女は背後に誰かの気配を感じた。振り向いた瞬間、視界が暗転し、意識を失った。


目を覚ますと、彼女は自分の部屋のベッドの上にいた。しかし、何かが違っていた。部屋の中はまるで荒らされた後のようで、家具が倒れ、壁には奇妙な文字が書かれていた。


「終わりは近い。」


優子は完全に恐怖の中にいた。彼女の現実は徐々に崩壊し、もはや何が真実で何が幻覚なのか分からなくなっていった。


彼女は鏡の前に立ち、自分の顔を見つめた。そこには、かつての優子ではなく、恐怖と不安に押しつぶされそうな女性が立っていた。


「私の人生、どうなってしまうの……?」


その問いに答える者は、もう誰もいなかった。



だ れ も い な か っ た

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