第24話 疑念の深淵

病院の天井を見上げながら、田中優子は自分の手をじっと見つめていた。警察に事情を聞かれたあの日から、心の中には拭いきれない疑念が渦巻いている。


「私が……本当に……?」


優子は記憶の断片を何度もなぞった。モモが死んだ日、自分が血まみれで目を覚ました日、そして警察が自分の指紋の付いたナイフを見つけたとき――。どれも現実味が薄れた出来事のように思えた。それでも、事実は変わらない。


病室のドアが静かに開き、医師が顔を出した。


「田中さん、調子はいかがですか?」


優子は小さく頷いた。


「少し良くなった気がします。でも……頭がぼんやりして、現実感がなくて……。」


医師はカルテを見ながら優しい声で話した。


「身体的な問題だけでなく、精神的なストレスも相当なものだったでしょう。お話を伺う限り、過去の出来事が現在の状況に影響している可能性が高いと思います。」


優子は医師の言葉に反応を示さなかった。ただ、心の中に浮かぶのは一つの疑問だけだった。


「……私、やっぱり何かしたんでしょうか?」


医師は少し間を置いてから、慎重に答えた。


「それはご自身が一番知っていることだと思います。ただ、今は無理に思い出そうとする必要はありません。休むことが先決です。」


医師が部屋を出た後、病室に静寂が戻った。だが、その静けさが優子を追い詰めるように感じた。


「私のせいで……?」


過去に受けたいじめ、母親を失った悲しみ、モモの死――すべてが複雑に絡み合い、優子の精神をじわじわと蝕んでいた。


彼女はベッドの横に置かれた小さな鏡を手に取り、自分の顔を見た。やつれた表情、暗い目の奥には、どこか得体の知れないものが潜んでいるように感じた。


その夜、眠れないまま時間が過ぎていった。ベッドの上でぼんやりと天井を見上げていると、不意に視界の端に影が揺れるのを感じた。


「……誰かいるの?」


声を出したが返事はなかった。ただの気のせいかもしれないと自分に言い聞かせようとしたが、胸の高鳴りが止まらない。


そのとき、窓の外から視線を感じた気がした。


ゆっくりと振り返ると、カーテンの隙間から誰かがこちらを見ているように感じた。しかし、次の瞬間には何もなかった。


「……私、疲れてるだけだよね……」


呟いてみたものの、不安は消えない。


翌朝、病院の廊下で看護師と警察官が何かを話しているのが聞こえた。


「昨夜、この近くでまた殺人事件が……」


その言葉を聞いた瞬間、優子の背筋に冷たいものが走った。まるで自分が次に疑われるのを待っているかのような恐怖が押し寄せてきた。


「もう、これ以上は耐えられない……」


優子はベッドの中で膝を抱え、静かに震えていた。外の世界が徐々に遠ざかっていく感覚とともに、現実と幻想の境界線がさらに曖昧になっていく。


だが、心の奥底では、何かが囁いていた。


「まだ終わりじゃない。」

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