第25話 繋がりの鎖
優子はようやく病院から退院できたものの、心の重さは病院に置いていくことができなかった。自宅に戻る途中、どこかぎこちなく足を進める。道中で出会う人々の視線が気になり、まるで自分が全員に疑われているかのように感じた。
玄関の鍵を開けて家に入ると、漂う微かなカビ臭い匂いが鼻を突いた。病院生活のせいで慣れていたはずの自分の家が、妙に薄暗く、冷たい場所に思えた。ドアを閉めてから、思わず振り返り鍵を二重にかけた。
「……ここに戻ってきたけど、何も変わらない。」
優子はポツリと呟いた。
部屋の奥に進むと、以前のモモのスペースが目に入った。彼女の目には、そこにモモが横たわっているように見えた。
「モモ……」
優子は跪いて手を伸ばした。しかし、当然ながらそこには何もなかった。ただの空っぽのスペースだ。それでも、彼女には何かしらの痕跡が残っている気がしてならなかった。
ふと、部屋の隅で小さな音がした。まるで爪が床を擦るような音――モモがよく出していた音だった。
「……モモ?」
彼女は立ち上がり、音がした方向を見つめた。しかし、そこには何もない。ただ、微かな風がカーテンを揺らしているだけだった。
数日が経ち、優子は自宅での生活を再開しようとしていたが、奇妙なことが立て続けに起こるようになった。夜中に物音が聞こえるのはもちろんのこと、朝起きると家具の位置が微妙にずれていたり、知らないうちに部屋のドアが開いていたりすることがあった。
「疲れてるだけだよ……」
自分にそう言い聞かせたが、不安が胸に残ったままだった。
その日、彼女は久々にコンビニへ買い物に出かけた。必要最低限のものだけを手早くカゴに入れて、店員に会計を頼む。すると、レジの店員が彼女をじっと見つめた。
「大丈夫ですか?」
「えっ?」
優子は思わず立ち止まった。その一言がまるで彼女の内側を見透かしているように感じた。
「いや、なんだか顔色が悪いみたいで……無理しないでくださいね。」
優しい言葉だったはずなのに、彼女には妙に冷たく感じられた。慌てて会計を済ませ、店を飛び出した。
帰宅すると、玄関に何かが置かれていることに気づいた。それは小さな箱だった。差出人の名前もなく、箱には優子の名前だけが書かれている。
「誰がこんなものを……?」
恐る恐る箱を開けると、中には薄い封筒が入っていた。その中に収められていたのは一枚の写真。そこにはモモが映っていた――血まみれの状態で。
「……!」
優子の手から写真が滑り落ちた。全身に鳥肌が立ち、足が震えた。
「誰……誰がこんなことを……?」
動揺した彼女はすぐに警察に通報するべきだと思った。しかし、手がスマートフォンに触れる寸前で止まった。
「でも、警察に言ったら……また疑われるんじゃないの……?」
彼女は写真を拾い上げ、部屋の隅に隠すように置いた。その後、急いでシャワーを浴びに行き、冷たい水で顔を洗った。だが、胸のざわめきは一向に消える気配がなかった。
その夜、またあの音がした。
「……誰かいるの?」
優子は震える声で問いかけた。しかし返事はない。ただ、廊下から何かが動く気配だけが聞こえてくる。
「お願い……やめて……」
ベッドの中で身を縮めていると、再び音が近づいてきた。そして、何かがドアを叩く音がした。
「優子さん……」
その声に凍りついた。それは佐藤の声だった。
「……開けてください。」
彼女はドアを見つめたまま動けずにいた。ドア越しに聞こえる佐藤の声が妙に冷たく、彼女の恐怖心を煽った。
「……今はちょっと……」
震える声で答えると、廊下は静まり返った。しかし、しばらくしてまたあの音が聞こえた。
「ドアを開けてください。話があります。」
優子はたまらずベッドから飛び出し、玄関へ向かった。しかし、そこには誰もいなかった。
「……なんなの……」
彼女は怯えながらもドアに鍵をかけ直した。そして、その夜は一睡もできなかった。
翌朝、彼女が玄関のドアを開けると、またしても小さな箱が置かれていた。恐る恐るそれを手に取ると、また同じ写真が入っていた。ただし、今回は一言添えられていた。
「おかえり、優子。」
優子の中で何かが壊れる音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます