第22話 No title

目を覚ますと、部屋は真っ暗だった。いつの間にかリビングでうたた寝をしてしまったらしい。どれだけ時間が経ったのか、時計を探す気力すら湧かなかった。ただ、静寂の中で息苦しいほどの圧迫感を感じていた。


空気が重い。何かが部屋全体にのしかかっているようだった。優子はゆっくりと身を起こし、リビングを見渡した。


ふと、窓の外に目が止まった。真夜中の闇が広がる外の景色に、ぼんやりと何かが映り込んでいる。


「……誰か、いる?」


恐る恐る窓に近づくと、それが自分の後ろのリビング全体を映しているだけだと気づいた。だが、もう一度目を凝らしてみると、自分の後ろに何かが立っているように見えた。


振り返る。だが、そこには誰もいない。ただの錯覚だと思おうとしたが、どうしてもその影の記憶が頭から離れない。


優子は震える手で部屋の明かりをつけた。リビング全体が明るく照らされ、さっきまでの闇の中にあった不気味さが少し和らいだ。


テーブルの上には、さっきまでなかったはずの紙切れが一枚置かれていた。


「なに、これ……?」


紙を手に取ると、そこには黒いインクで何かが書かれていた。


「覚えていますか?」


その文字を見た瞬間、胸の奥に突き刺さるような痛みが走った。


覚えている?何を?


頭の中に霧がかかったような感覚に襲われ、優子は紙をテーブルに置いた。何かが忘れ去られている、けれどそれが何なのかを思い出すことすらできない。


突然、部屋の奥から音がした。


「……ガタッ……」


優子は硬直した。何かが倒れる音だ。音の方向は寝室。


足音を忍ばせながら、恐る恐る寝室のドアを開けた。電気をつけると、床に倒れているのは彼女が使っていた姿見の鏡だった。


「どうして、こんなところに……?」


鏡は壁に立てかけていたはずだった。倒れた拍子に鏡面が割れ、細かな破片が床に散らばっている。その中に、モモのクッションが映り込んでいた。


モモのいない部屋に、なぜかそのクッションだけが妙に存在感を放っている。


「モモ……」


優子は思わずクッションを抱き寄せた。だが、その瞬間、頭の中に激しい痛みが走り、視界が揺らいだ。


クッションを抱えたまま膝をつき、優子は思い出した。


自分がモモに最後に会った日のこと。あの日、家を出る前に、モモが何かを訴えるように吠えていたこと――。


だが、それ以上の記憶がどうしても浮かんでこない。


優子はクッションを抱きしめたまま、その場でじっとしていた。床に映る鏡の破片には、自分の顔がいくつもの角度で映り込んでいる。それをじっと見つめていると、自分が誰なのかすらわからなくなりそうだった。


再び部屋の中を見渡しても、そこにいるのはただ自分一人だけだ。それでも、誰かの視線が背後に貼りついているような感覚は消えなかった。


心の中で何かが囁いている気がする。


「覚えているはずだ。覚えていないはずがない。」


優子は耳をふさぎ、目を閉じた。だが、その声は頭の中で響き続けていた。

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