第21話 血液

優子はぼんやりと目を覚ました。枕元のデジタル時計は午前3時を示している。部屋は真っ暗で、外からは時折車の音が微かに聞こえてくるだけだった。


喉が渇いた。水を飲もうと身体を起こそうとした瞬間、違和感が全身を駆け抜けた。冷たい湿り気が腕に触れたのだ。


「……え?」


手を動かすと、べったりとしたものが指先にまとわりつく。それは明らかに、乾いたものではない。優子は慌てて電気スタンドのスイッチを押した。


灯りがつくと、目の前に広がる光景に息を飲んだ。


「……なに、これ……」


彼女の手には鮮明な赤がべっとりと付いていた。それだけではない。布団の上、床、さらには寝室の壁にまで血のようなものが飛び散っている。


恐怖が全身を支配し、息が詰まりそうだった。自分の身体を急いで確認する。傷はない。どこも痛くない。だが、この血は一体どこから来たのか――。


優子は震える手で携帯電話を手に取り、誰かに助けを求めようとした。しかし、ふと気づいた。自分以外の何者かがこの部屋にいた気配――。


「……誰か、いるの……?」


返事はない。だが、静寂の中に微かに聞こえる音があった。リビングの方から、何かを引きずるような低い音だ。


優子は恐怖を押し殺し、立ち上がった。足元に散らばる血の跡を避けながら、震える手でリビングのドアノブを握る。


ドアをゆっくりと開けると、部屋は普段と変わらないように見えた。ただ、その異常な静けさが彼女の心をかき乱す。


リビングの中央、モモのクッションの上に何かが置かれていた。それは、彼女の幼い頃から大切にしていた古いぬいぐるみだった。


「どうして、ここに……?」


そのぬいぐるみは、彼女が中学生のときに失ったもののはずだった。ずっと探しても見つからなかったその物が、今、目の前にある。


ぬいぐるみを手に取ると、血の匂いが鼻を突いた。裏返すと、ぬいぐるみの中から赤黒い液体が滴り落ちてきた。


「いや……いやだ!」


優子は叫び声を上げ、その場に崩れ落ちた。


恐怖に打ち震えながら、再びリビングを見回した。視界の端で、何かが動いた気がした。しかし振り返ったときには、そこには何もいない。ただの錯覚だと自分に言い聞かせるが、心臓の鼓動は速まるばかりだ。


「……誰か、助けて……」


その声は空虚な部屋に響き、すぐに吸い込まれていった。優子はもう一度自分の手を見る。そこに付いている赤は、どこから来たのかもわからないままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る