第19話 知らないひと
午後、窓から差し込む柔らかな日差しの中、優子はぼんやりとベッドに横たわっていた。食事を運んできた看護師は短い会話をしてから立ち去り、部屋には再び静寂が戻っていた。
そのとき、不意に扉をノックする音がした。
「どうぞ……」
優子は戸惑いながらも応じた。
扉がゆっくりと開き、現れたのは見知らぬ中年の男性だった。身なりは整っており、黒いスーツに白いシャツ、無表情な顔立ちがどこか冷たさを感じさせる。
「田中優子さんですね。」
低く落ち着いた声が病室に響いた。
「……はい。」
優子は身を起こし、男の顔をじっと見つめた。どこかで見たことがあるような気もするが、全く心当たりがない。
「突然の訪問、失礼します。私は佐藤から話を聞いておりまして、少しお話がしたいと思い、伺いました。」
「佐藤さんの……知り合いですか?」
優子の声には警戒心が滲んでいた。
「ええ、管理人としてのお仕事の中で、あなたのことを気にかけていると聞きました。」
男は静かに答えると、部屋の中へと足を踏み入れた。
男はベッドのそばに置かれた椅子に腰を下ろし、優子を正面から見つめた。
「田中さん、少しお疲れのようですね。」
「まあ……そうですね。」
優子は短く答え、視線を外した。
「食事が取れずに倒れたと伺いました。それは……何か特別な事情があったのでしょうか?」
男の声は穏やかだが、その内容には何か探るような意図が感じられた。
「特別な事情……と言われても……」
優子は困惑しながら、視線を落とした。
「そうですか。でも、あなたが感じていることや、見たものについて、誰かに話すことで楽になるかもしれません。」
「……見たもの?」
優子は男の言葉に引っかかりを覚えた。
「ええ、夜中に何か奇妙なことがあった、とか。誰もいないはずの場所で、誰かがいたような気がするとか。」
男の言葉に優子は息を飲んだ。
「どうして……そんなことを?」
男は微かに微笑むと、立ち上がった。
「もし何か心当たりがあれば、無理をせず、誰かに話してください。それだけが私の伝えたかったことです。」
「……誰か、って?」
優子はその言葉に疑問を感じ、男を見上げた。
「私でもいいし、佐藤さんでも構いません。ただ、あなたが孤立する必要はありません。」
男は深く一礼すると、何も言わずに部屋を出て行った。その後、部屋には再び静寂が訪れた。
優子は男が座っていた椅子を見つめながら、彼の言葉を反芻した。「見たもの」とは何を指していたのか。まるで彼が、優子の体験した異常な出来事を知っているかのようだった。
「……誰なの、あの人。」
優子は自問しながらも、答えを得ることができなかった。
彼女は窓の外に目をやり、ふと鏡に映る自分の姿を見つめた。鏡に映る彼女の背後に、一瞬だけ黒い影がよぎったように見えた――だが、振り返ったときには、そこには何もなかった。
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