第12話 消えない視線

優子はベッドの上で丸くなり、布団を頭までかぶって震えていた。

夜になると、あの低い声が聞こえるようになってから数日が経った。

昼間は静かだが、夜が訪れるたびに、部屋は奇妙な気配に満たされる。


その晩も、優子は寝つけなかった。

「逃げられないよ。」

「どうして黙っているの?」

そんな声が耳元でささやかれるたび、胸が締めつけられるような恐怖に襲われる。


耐えきれなくなった優子は、リビングの電気を全てつけた。

だが、光の中にいても不安は消えなかった。

壁の隅や家具の影に、何かが潜んでいるような気がしてならない。


「なんなのよ……誰なの……」

彼女は声を絞り出すように呟いたが、返事はない。

だが、その瞬間、背後で再び囁き声が聞こえた。


「優子、どうして黙っているの?」


振り返ると、そこには何もない。

それでも、声が自分を責めるように響き続ける。


「私に何をさせたいの……」

優子は恐怖と混乱で涙を流しながら叫んだ。


すると、壁にかけられているモモの写真がガタッと音を立てて揺れた。

驚いて写真を手に取ると、その裏側に小さな紙が挟まっていることに気づいた。

それは古びたメモのようなもので、文字がかすれている。


――「どこにも行けない」


その言葉を読んだ瞬間、背中に冷たい汗が流れた。

まるで、誰かがずっと彼女を見ていると言っているような気がした。


優子はメモを床に落とし、部屋の中央に立ち尽くした。

四方をぐるりと見渡すが、何も変わった様子はない。

だが、その静寂が逆に彼女を追い詰めていく。


「出てきてよ……私に何をさせたいのよ……!」

声を振り絞ると、その瞬間、また耳元で声が響いた。


「気づいているくせに。」


優子は耐えきれず、部屋を飛び出した。

エレベーターも使わず、裸足のまま階段を駆け降りる。

外に出て、息を切らしながら振り返ると、アパートの窓から誰かがこちらを見下ろしているような気がした。


そこには誰もいないはずなのに――。

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