第8話 見えない来訪者

優子は夢の中にいた――いや、これは夢なのか、それとも現実なのか、彼女には区別がつかなかった。

薄暗い廊下がどこまでも続き、遠くから聞こえる足音が次第に大きくなる。


――コツ、コツ、コツ。


「誰……?」

その声は空間に吸い込まれ、応答はない。

優子の視界の端に、何かが動く気配があった。


振り返ると、影が壁にへばりつくようにしてうごめいている。

人の形をしているが、その輪郭は歪み、目も口もない。それなのに、優子をじっと見つめているようだった。


「やめて……」

彼女が一歩後ずさると、影はゆっくりと近づいてくる。


次の瞬間、優子は目を覚ました。

部屋の天井を見上げ、心臓が激しく脈打つ音を聞きながら、自分がベッドにいることを確認する。

「夢……?」

しかし、モモの鳴き声が彼女の耳に飛び込んできた。


リビングから聞こえる異常な吠え声に、優子は慌ててベッドから飛び起きた。

廊下を抜けてリビングに駆け込むと、モモが窓に向かって歯をむき出しにして唸っている。


窓の外には、誰かが立っていた。

だが、その姿はまるで霧のようにぼんやりとしている。

優子が目を凝らすと、その人影はゆっくりと動き出し、やがて消えた。


「なんなの……これ……」

震える声でつぶやく彼女の耳に、不意に部屋の中からかすかな音が聞こえた。

それは窓ではなく、クローゼットの方からだった。


恐怖で全身が硬直し、足が動かない。

だが、その音は確実に近づいてきている。


――カタッ。


クローゼットの扉が微かに揺れた。

「嘘……」

優子はモモを抱き上げながら、クローゼットをじっと見つめた。


扉の隙間から、白い手がゆっくりと這い出てきた。

その手はひどく痩せ細り、骨が透けて見えるようだった。


「誰かいるの……?」

優子が震える声で問いかけると、その手は動きを止め、静かに扉の隙間に消えた。


その瞬間、部屋中の電気が一斉に消えた。

モモの吠える声がやけに響き、暗闇の中で優子は完全に動けなくなっていた。


そして、耳元で低い声が囁くように聞こえた。

「ここにいるよ……ずっと、ここにいる。」


その声が優子の背中を冷たく撫で、彼女は絶叫を上げた。

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