第3話 カップルみたいに

 次の日も、その次の日も、その次の次の日も彼女は学校に登校して来なかった。


 俺は斜め後ろの佐々木さんの誰も座っていない席を見つめた。

 彼女が座っていたとしても、彼女は言葉を発しないから、教室は何一つ変わらない。彼女がいなくても何も変わらない、っていうのが嫌で、机に頬を付けて佐々木さんのことを考える。

 

 黒髪でサラサラの毛で、何を考えているかよくわからなくて、ちょっとキツめの美人で、喋りかけても無視されて、でも世界を守っている。


 佐々木さんでエッチな妄想をするのは、ちょっと失礼だと思って我慢していたけど、脳内で勝手にエッチなことが再生される。

 ピンクレンジャーみたいな戦闘服の上から色んなところを触って、破って、舐めて、彼女は感じる。

 感じているのに佐々木さんは声を出すのを我慢していて……みたいな妄想をしてしまって、俺なにやってんだよ? と机に額をこすりつけた。


 佐々木さんは、今どこかでロボットと戦っているのだろうか?

 命をかけて戦っているのだろう。

 もしかしたら死んでいるのかもしれない、と思って、心臓が悪魔に掴まれたみたいに痛くなって泣き出しそうになった。


 休み時間。

 野球部でもないのに坊主頭の友達、竹内君に「佐々木さん来てないね」と言ってみた。「佐々木さんって誰?」と竹内君。「しずかちゃんのこと」と俺が言う。「お前、しずかちゃんめっちゃ好きよな?」「はぁ? 好きじゃねぇーし」「献身的にノートを見せたり、委員を代わりにやったりしてるじゃん」「してねぇーし」「それはしてるって」と竹内君に指摘される。

「顔は綺麗だけど、さすがにフル無視されると萎えねぇーの?」「萎えない」と俺は言う。「そもそも、そんなんじゃねぇーから。ヒーローは応援するものだろう」と俺が言った。


 言った後に、俺は佐々木さんのことをヒーローだと思っていたことに気づく。


「ヒーローってしずかちゃんのこと?」

「いや、ずっと佐々木さんの話してるだろう」と俺は言った。

「お前がしずかちゃんをヒーローと思ってたのは初めて知ったから」

「佐々木さんはヒーローだよ」と俺が言う。



 彼女のことをヒーローと言葉にしてみて気づいたけど、佐々木さんが誰にもヒーローとして扱われていないのも俺にとっては納得がいかない。駅前で彼女がヒーローであることを演説したいけど、そこまでの行動力も勇気もないし、そもそもそんなことをしたところで佐々木さんは喜ばない。


 だから俺は黙ってヒーローの帰還を待っていた。だけど次の日も次の日も、休みがあって、登校日になっても彼女は学校に来なかった。

 ヒーロー不在のまま、俺の日常が進んでいく。


 お母さんはお兄ちゃんの仏壇の前で手を合わせて泣きじゃくり、俺は夜になると窓を開けて星が出ていない夜空を見上げた。


 未来は決していいもんじゃない。

 だけどヒーローが世界を守ってくれている。

 だから明日はやって来る。

 でも戦ってくれるヒーローには明日がない。

 俺は、それを知っていて、星が出ていない夜空を見て泣いていた。


 どうして、お兄ちゃんは戦わないといけなかったんだろうか? 

 どうして、お兄ちゃんは選ばれてしまったんだろうか?

 お兄ちゃんがヒーローだから、死んだ。

 だからお母さんは泣いている。

 

 佐々木さんは生きているんだろうか?

 今、どこかで彼女は戦っているんだろか?

 今、どこかで彼女は傷つき、助けを求めているんじゃないだろうか?

 

 どうして彼女は、俺のところにワープして来たんだろうか?


 もしかしてロボットと戦って佐々木さんが死にそうな時、俺のことを考えてワープしてきたんじゃないか?

 もし、そうだったとしたら、どうして俺は彼女を守ってあげなかったんだろう?


 佐々木さんが誰とも喋らず、誰とも仲良くならないのは、……自分が死ぬことを意識しているせいなんじゃないか?

 仲良くなってしまったら、死んだ時に泣かせてしまうから。


 心臓が串に突き刺さって焼かれたみたいに苦しい。


 彼女と仲良くなくても、佐々木さんがいなくなると考えただけで、俺は苦しい。


 その次の日。

 俺がお風呂の湯船に入っている時、佐々木さんがワープして来た。

 ピンクレンジャーみたいな服はボロボロで、色んなところが破けて出血していた。

 エッチだ、と思わなかった。

 ただただ彼女のことが心配で、「佐々木さん」と俺は彼女の名前を呼んだけど返事はなかった。

 いつもみたいに無視しているわけじゃなくて、彼女は気を失っていた。


 彼女のことを誰にも渡したくない、と思った。

 佐々木さんを戦いに向かわせてはいけない。どんな兵器でも、どんな未来でも、彼女を傷つけさせてはいけない、と俺は思った。


 湯船を出て、パジャマに着替えて、彼女をお姫様抱っこして、お母さんにバレないように2階の自分の部屋に上がった。


 彼女を自分のベッドに寝かす。

 布団に血がついたけど気にしない。

 玄関の棚に置かれている救急箱を取りに行って、血が出てるところに消毒して、包帯を巻く。その最中に佐々木さんが目覚めた。


「長谷川くん?」

 と彼女のか細い声。


「消えないで」

 と俺は言って、佐々木さんがワープしないように、手をギッと握りしめた。


 佐々木さんが笑っているのか泣いているのかわからない顔で、俺のことを見つめていて、俺は彼女を逃がさないように、両手で彼女の冷たい手を握った。


「俺が」と俺は言った。

 その続きの言葉は浮かんでいないのに、言葉が自然と出た。


「佐々木さんのことを守るから、消えないで」


 彼女は泣きそうな顔になって、笑顔を作ろうとして、でも上手く笑顔が作れず、「ごめん」と謝って、それは笑顔を作れなかったことに謝っているのか、それとも消えてしまうから謝っているのかがわからなかった。


「許さない」と俺は言った。

 言った後に、俺の知らないところで佐々木さんが傷つくのは許さないって意味で言ったことを言い足そうと思ったけど、彼女が握った手を握り返したから、カップルみたいに手を繋ぎ直した。










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読んでいただきありがとうございました。

カクヨムコンテスト10の短編部門に投稿した作品でござます。

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しずかちゃんが入浴中のお風呂場にワープして来たんだが お小遣い月3万 @kikakutujimoto

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