ごめんなさい。今日はちょっと小説じょなくて、カリバリゼーションについて話したい。ぼくが小説を書くのに重要なので。
次からはカ二バリで略します。
カニバリ。つまり共食い。AIを使った作品は共食いし合う。もっと言えば色んな世界でカニバリが起きているっぽい。
わかってたやん。ボタンをポチって押して出てきた。あるいは時間もかけずに作ったモノは、テメーじゃなくて、他の誰でもできる。誰でもできるから誰でもしてしまう。誰でも出来ることをわざわざ読みたくない。
この、わざわざ読みたくないっていう読者心理が、カニバリを引き起こして、人間の手で作ったテンプレ作品ごとカニバリしたわけである。数字の食い合い。共食い。異世界行き過ぎた問題。それが出版社の数字に出て来ているらしい。
ぼくはテンプレを使わないし、AIで小説は書かない。ボタンをポチっで書かれたモノに価値があるとは思えないし、自分が読みたくない。
でもAIちゃんは登場しちゃって、AIを使うことはマナーになっている。でも作品では使いたくねぇ。
モノマネ王座って番組で、審査員にAIが入っていたんだ。AIが得点を出す。的を射ている。
っで、ぼくはAIを採点者として使っている。一話ごとに点数何点? みたいな感じ。マナーとしてのAI活用程度。それで80点以上じゃないと出さないと決めている。すると何度も何度も書き直すはめになって、AI登場前よりも、ぼくは小説を書く時間がかかるようになって、文字数も減る。
だけど、得点を取るためにこうしたらいいんじゃないか? こういう表現は? もっとココを強調して、とか技術が上がる。(得点ってなんだ? そのために小説を書いてるんじゃなくて、どこかで誰かを楽しませたいと思って書いている。)
それでも、こうしてカニバリ問題が浮上してきて、ぼくがWEBで書いたモノだって、ウェー読んだことあるわ、AIでも書けるんじゃないかって思われるんじゃないだろう? って不安になる。
不安になるから武器を磨く。
ぼくはずっと漫才が好きで、小さい頃は文字起こしもしていたし、初めて書いたのは漫才の台本だった。芸人にはならなかったけど、人を笑かしたいって思いは強い。だからぼくが作る言葉はかけ合いになる。武器である。
あとぼくが学生だった頃に、日本の自◯者が天井だった。誰にも相談する場所はなかったし、最終手段は自◯だね、みたいな空気感で育った。完全自◯マニアルが再ブームしていたし、普通に本屋に置いていた。自◯カルチャーがある世界で生きていたから、どこかぼくの作品は暗い。
笑いを描いているのに、暗い。
この2つのバランスがぼくの武器なんだと思う。もちろん、ハッピーエンドには、もっていくつもりです。
小説を書くのに、時間がかかります。何度も何度も書き直します。念を込めます。アナタのために書いております。それでもカニバリされるのだろうか? 不安じゃ。たぶん、今、WEBで小説を書いている人は少なからず抱えていると思う。
結構、小説が溜まってきたから、もう少しで投稿すると思います。その時は読んでいただけると幸いです。