第33話 勇者にフラれた剣聖王女、婚活の旅に……
「ニーナさ、ほっぺただけ治してくれなかったんだ」
爽やかな昼の風が、城の中庭に吹き込む。
アロセイル家の謀反から数日後。トトが一人で中庭の瓦礫を片付けているのを、私はそばで見守っていた。
ビルが捕らわれたことで、私兵たちも敗北を悟り、投降した。彼らのほとんどが投獄され、今は地下牢で沙汰を待っている。けれど、操られていただけだったトト、私を救うため首謀者を欺いたアンネローゼの二人は、城内での苦役――という名の雑用を科されるだけで済んだ。二人が城で働いている間、ケニーは
「イリス、思いっきりひっぱたいたろ? 三日経ってもまだ痛いや」
「トト相手に手加減なんてできませんし……」
「……いや、えっと、俺のやらかしを考えたら、この程度で済んでよかったというべきだった」
トトはなにやらそわそわしながら、周囲を窺っている。まるで、誰かに見張られていないか確認しているかのようだ。
「あのさ、イリス……」
「なんでしょうか」
「イリスは、俺が勇者じゃなくても、よかった?」
彼は私に背を向けた。
「俺が、剣も魔法も全然だめな、ただの村人でも……その……好きになってくれた?」
「……」
トトの美点は、強さだけではない。困っている人を率先して助けようとするやさしさ。身体中に残る努力の痕。純粋でまっすぐな心。
けれど、初めに惹かれたのは彼の強さだった。彼が、勇者だから、恋をした。
答えに悩む私に、トトは言う。
「強くなるために、頑張った。本当にめっちゃくちゃ頑張ったんだ。でもさ、やめたいときもあったんだ。村の人たちに強くなれって言われて、ずっと修行させられて。まさか、王家の人たちを倒すためだったとは思わなかったけど……とにかくしんどくて、嫌になって。そんなとき、やめてもいいって言ってくれた人が、一人だけいたんだ」
おそらく私は、その人を知っている。
「でもさ、やめてもいいんだってわかったら、頑張れたんだ。魔王と戦うのだって、怖いなら行かなくてもいいって言ってもらえたから……出発できたんだ」
誰かに強制されたのではなく、なりたい自分を選んでいいと許されたから、トトは、勇者になる道を選べた。
「だから、ごめん。俺、イリスとは付き合えない」
穏やかなそよ風が、私と彼を優しく撫でた。
「……そうですね。私は、トトの強さも好きですから、あなたに強さを求めてしまう。あなたが望むような、安らげる居場所を与えることはできないでしょう」
「でも、イリスのことが嫌いってわけじゃないんだ! 本当に、出会えてよかったって思ってる! だから俺、これからもイリスの仲間で、友達でいたい……でも……うぐぅ~っ!」
トトは振り返って、頭を抱えながらわめきだした。
「どうしよう、俺、一応こんな罰で済んでるけど、国家反逆罪だしさ!? 今こうやってイリスと話してるけど、ずーっと見張られてるし! イリスが俺のこと好きとか、もし振ったらどうなんの!? ギクシャクするの!? オッケーしたら、俺が王様!? とか考えちゃって! お姫様の告白を断るの、不敬だし、どう転んでもどうしようもないっていうか……!」
「……すみません。私が、トトをこんなに悩ませてしまったのですね」
「いや! そうじゃなくて!」
わめくトトのそばで、長く伸びた雑草がスパッと切れた。まるで、
「うぐぅっ……イリス、本当にごめん。ぐだぐだ言いすぎた。ほかに好きな人がいて……」
「それは、わかっています」
「ただ、イリスの前では格好つけたかったんだ。イリスがあんまり格好いいから、負けたくないって思って……」
「イリスディア様!」
中庭にやってきて私を呼んだのはアンネローゼだった。その隣には、彼女の見張り役を命じられた鍛冶錬鉄科のマスターがいる。
「トトに壊されたミスリルの鎧ですが、直せるかもしれませんわ!」
「本当ですか」
「イリスディア様、このお嬢さんはとんでもない逸材でさィ」
「お許しいただけるなら、このままワシのところに弟子入りさせてほしいんですがィ……」
マスター曰く、アンネローゼの魔力を用いた彫金技術と、鍛冶錬鉄科の職人たちの技術を合わせれば、今まで修理できなかった伝説の武具たちを直せるかもしれない、らしい。
「フラドナグや父上に相談してみましょう」
「本当ですか!?」
「本当ですかィ!?」
「はい」
二人は声を揃えて喜んだ。アンネローゼの夢を叶えるには、城の鍛冶錬鉄科への入門は最良の選択肢だろう。マスターの希望が通るよう、父にわがままを言おうと思う。
「では、イリスディア様。報告のみですがこれで失礼致しますわ」
「ええ。アンネローゼ、いい作品ができたらぜひ見せてくださいね」
「はい! トト、あなたも頑張ってくださいまし」
「……うん」
アンネローゼは、マスターと二人連れ立って、楽しげに城内へと戻っていった。
トトはその背中を見つめて、はあ、と肩を落とした。
「ざまあねえな、勇者様」
木の上から突然ロビンが飛び降りてきて、トトの肩を抱いた。
「お前のこと、眼中にないみたいだな」
「そうですね。アンネローゼさんの目が一番輝くのは、イリスディア様と一緒にいるときですし」
いつの間にやら、ジュードも中庭にやってきていた。私は庭に建てられた時計を確認したけれど、父の魔法で壊れてしまった時計は止まっていた。
「すみません、ジュード。休憩は終わりですか」
「はい。そろそろ学習室へ戻りましょう」
ジュードはトトの肩をポンポンと叩きながら言う。
「トトくん。あの時計も直してくださいね」
「うう……俺、やっぱりイリスには勝てないよ……」
こうして和やかな雰囲気で話せていることが、とても嬉しい。今なら、わがままを言っても許されるだろうか。
「ジュード。ひとつ聞きたいことがあるのですが」
「なんですか?」
「今城下では、婚活というものが流行っているとニーナから聞きました。なんでも、素敵な殿方に会えるまで旅を続けるというものだそうなのですが……」
ジュードは私ではなく、ロビンを見た。そして、ロビンは言った。
「姫様。それ、さすがに俺も陛下に怒られそうです」
「ロビン。ついてきてはくれないのですか」
ロビンは私ではなく、ジュードを見た。そして、ジュードは言った。
「……とりあえず、サラーディオ様にお伺いしてみましょうか」
翌朝、玉座の間で、国王サラーディオの「ばッかもーん!!」という大声が響くことになるのだが、それはまた別の話である。
勇者にフラれた剣聖王女、婚活の旅に出る 遠野朝里 @tohno_asari
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