第16話 かりそめの自由

 逃げ延びた森の中は鬱蒼としていて、真昼なのに薄暗い。湖が近いせいか、空気もじっとりとしている。

 ロビンの姿を見ても、私は緊張したままだった。


「下ろしますね」


 横抱きにされていた私を、ロビンがそっと下ろしてくれた。地面に足をつけると、腰が抜けそうになったが、なんとか立てた。


「無事で何よりっす。いやあ、達人同士の戦いに割って入ろうなんざ、我ながら命知らずなことをやったもんですよ」


 おお怖い、なんて言いながら、ロビンは自分の体を抱いてわざとらしく震えてみせた。トトの背後を取るなんて常人にはできないのだから、ロビンも十分に達人なのに。


「いつから……」

「ついてきてたのか、ですか?」


 私は頷く。


「最初からっすね。姫様が部屋の壁をぶった斬って出ていって、そのあと俺も急いで出発しました」


 信じられない。まったく気がつかなかった。


「姫様が城にお帰りになるまで陰ながら見守るつもりだったんすけど、とんでもないことになったんで、手を出しちまいました」

「……そうですか」

「じゃ、姫様。家出……城出かな? は、もう終わりです。帰りますよ」

「あなたが私を見張っていたのは、父上の命ですか」

「ええ。言ったでしょ? 姫様を護衛せよと、陛下から勅命を受けてるんですよ」


 かつて私は、護衛など必要ないとロビンに言ったことがあったけれど、それは間違いだった。もしロビンがいなかったら、私は間違いなく死んでいた。感謝こそすれ、恨み言をぶつける筋合いはない。

 けれど……体の中で暴れているもやもやした感情を外へ出さないと、おかしくなってしまいそうだった。


「私は、自由にはなれないのですね」

「姫様は次代の女王。わきまえていただかないと」


 わかっている。わかっているけれど、唇が震える。

 ひとりで飛び出したつもりでいたのに、本当はずっと見張られていた。つかの間の自由は、父に与えられた、かりそめのものだった。


「さて、あとはの始末ですが……俺ひとりじゃさすがに荷が重いんで、騎士団と協力しないとなりません。姫様は城に戻って休んでてください」

「反逆者……とは」

「我が国の王女を殺そうとした男ですよ」


――まさか、トトのことか。

 トトを、始末する?

 魔王を倒し、この国を救った勇者を、殺すというの?


「勇者が錯乱して、王女を手にかけようとした。恐るべき事態です。考えてもくださいよ、魔王より強い敵が現れたんです。それも、王都のすぐそばに。王都での不穏な動きと無関係とは思えませんし、危険極まりないです」

「不穏な動きとは、どういうことですか」

「言葉通りの意味っすよ。ああ、ジュードの奴は、具体的には説明してませんでしたね」


 その口ぶりから、昨日、南門での私とジュードのやりとりをロビンが見ていたことが知れた。


「魔王軍との戦いで疲弊した我が国をひっくり返そうとしてる奴らがいるんです」


 ロビンが表情を歪めるのを、私は初めて見た。こんなにも怒りを露わにするなんて、いつも飄々としている彼からは想像できなかった。


「国家転覆を企む不届き者を一掃するまで、陛下は姫様を城の外に出したくなかった。狙われるとわかっていたから。でも……」


 ロビンは黙った。言うべきかどうか迷っているようだが、その態度が無性に私を苛立たせた。


「でも、なんだと言うのです」

「……姫様は、悪党に狙われたくらいで命を落としたりしない。逆にぶちのめすでしょう。姫様が外に出れば、反逆者どもが尻尾を出す……それが、陛下以外の一致した見解でした。そこに、ニーナ様からの手紙です。これなら姫様は誰に命じられずとも外に出るだろうと、大臣や文官は判断しました」


 ロビンの言うことが本当なら、私は……私の心は、利用されたということ。反逆者をあぶり出す餌として……そうとは知らずに、私は勇んで外へ向かった。


「……ひどい」

「そうは仰いますが、実際上手くいきましたからね。偶然当たりを引き当てたところもありましたが、それも姫様の運の強さでしょう。反乱の黒幕は“戦士の村”の連中だと判明しました」

「戦士の村?」

「姫様が泊まった村ですよ。ジュードは姫様に戦士の村のことを教えていましたが、姫様はボーッとして聞いてませんでしたね」


 思い出せない。自分があまりにも情けなくて、肌がチリチリ痛んだ。

 ロビンは外套の裏から分厚い手帳を取り出した。


「戦士の村、南方にある。優れた騎士、魔道士輩出。魔王軍に狙われ滅ぼされる。この村にルーツある騎士団員多数……って説明してました。昨日っすね」


 ジュードの授業を、ロビンも聞いていたのか。確かに、私を常に護衛しているのなら、授業中も彼が私のそばに潜んでいてもおかしくはない。


「先祖が戦士の村出身っていう騎士は多いらしいっす。あの村で生まれた奴は魔力が強いとかで。勇者だけじゃなく、ケニーくんも相当デキますよ。姫様は自覚してないでしょうが、王都から戦士の村まで休憩なしで歩くのは異常っすよ。フツーの町人にはまず無理です」

「ケニー……」


 彼を思うと、涙がつーっと流れた。

 戦士の村の者たちが反乱を企てている。それはわかった。ではなぜ、戦士の村の子供であるケニーが、死ななければならなかったのだ。


「まあ、全員消せばすむことっすけどね」

「消す?」

「子供殺しの真犯人、姫様が犯人だと思い込んでる奴、怪しい奴はとにかく全員殺しちまえばいい」

「なっ……村人を皆殺しにするというのですか!?」

「ええ」

「馬鹿なことを言わないで! 疑わしいというだけで……」

「この村の住民全員の命より、姫様のお命は重いんですよ。わかりませんか?」


 さも当然と言わんばかりのロビンに、私は絶句してしまった。


「この村には子供を殺し、王族の命を狙う鬼畜が潜んでいます。こんな小さな村ですよ? 村ぐるみでの凶行以外ありえません。そして、姫様。国民はあなたを支え生かし、あなたはブレンディエ王国民すべての命を背負っているんですよ。次代の女王の命を狙った罪が、この村の住人ごときの死で贖えるとお思いで?」

「ロビンッ!」


 怒鳴ってしまった。聞きたくない、そんな屁理屈。けれど、ロビンは怯まない。


「とにかく、姫様を殺そうとした大罪人を野放しにはしておけません。さすがにそれはわかりますよね?」


 何も言い返せない。言い返せないから、苛立ちが膨れ上がる。


「……純粋で善良なあなたは、陥れられたんです。それも、わかりますよね」


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。私を陥れられたのは……アンしかいない。おそらくアンはハーブティーに眠り薬を盛り、昼過ぎまで私を眠らせて、その間にケニーを……村ぐるみで、ケニーを殺したの? 私を陥れるためなら、アンは、ケニーが死んでも構わないと思ったのだろうか。血の繋がらないケニーを弟と呼び、あんなに慈しんでいた人が……


「……わかりません、何も」


 考えた末に口から出たのは、そんな情けない言葉だった。ロビンはしかめ面で私を見ている。


「外で見張ってるべきじゃなかった。無理にでも屋敷の中に入り込んで、あなたをさらっていくべきだった。ケニーのことも、俺のミスだ」


 ロビンは、目をきつく閉じている。

 そしてしばらく黙った後、目を開いたときには、いつもの飄々とした様子に戻って、


「じゃ、城に帰りましょうか」


 と、事もなげに言った。彼は思考を整理し終えたのだろう。けれど、私は自分の激しい怒りと悲しみをどうにもできなかった。


「ひとりに、してください」

「そうはいきません。陛下からの勅命なんですから」

「では、せめて姿を見せないで!」

「……わかりました」


 ロビンはすぐに姿を消した。気配も消えてなくなった。

 涙が止まらない。私はなんて愚かで、なんて無力なのだろう。自国の民を、それも幼い子供をみすみす死なせて……私と出会わなければ、ケニーは死なずにすんだはずなのだ。

 魔王は討伐した。それで、ブレンディエの民は救われると信じた。

 けれど、現実はまるで違っていた。


 私は涙を拭いもせず、とぼとぼと歩く。

 ただ、北へ。王都の方角へ。

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