第17話 けだもの以下の男たち

 日はまだ高い。砂と岩ばかりの谷を吹き抜ける風に、やがて涙は乾いた。

 ケニーと二人で歩いた道を一人で引き返していると、無遠慮な視線を感じた。それとなく周囲を窺うと、すぐにわかった。男が五人、私を取り囲もうと隠れている。気配も足音も消していない彼らは、明らかに私を侮っている。構わずに歩いた。

 アンは私をたばかり、トトは私を殺そうとした。

 どうして、トトは私がわからなかったのだろう。彼は幻惑や混乱、魅了の魔法に強い耐性を持ち、旅の間、一度もその類の精神攻撃に惑わされなかった。けれど、先ほどのトトは何者かに操られていたに違いない――そう思わないと、つらくて、あまりにもつらくて、耐えられない。歩いても歩いても、心はぐちゃぐちゃのままだった。


「おい、そこの女!」


 左右を高い崖に挟まれた道で、男たちが姿を現した。前に三人、後に二人、逃げ道を塞ぐように立っている。全員が新品の武器を手にしている。戦わずともわかる――この人たち、弱い。


「げへっ、近くで見たらすんげえ美人じゃねえか! 何よりもアンタ自身が金になりそうだ」


 前を塞ぐ三人の中で一番体の大きな男が、舌なめずりをした。この男がリーダー格らしい。


「人身売買をなさるのですか」

「話が早えな。こんな辺鄙なところをひとりで歩いてんのがいけねえんだぜ」

「なぜ、人身売買などなさるのですか」

「あん? んなの、金になるからに決まってんだろ」

「まっとうな仕事に就こうとは思わないのですか」

「あいにく、仕事がなくなっちまってな」

「何の仕事を……」

「おい、さっきからなんだ? 生意気な女だ」


 別の男が私を睨む。リーダー格の男が、その男の肩を叩いてなだめた。


「まあ、いいじゃねえか。これから売られていく哀れな女だ。親切にしてもバチは当たんねえ」


 リーダー格の男はニヤニヤと、恐ろしく下品な笑みを浮かべている。


「なんでも答えてやるぜ、知りたがりのお嬢さん」


 男たちは汚い声で笑った。“おどひょうてい”で、昼間から酒を飲んでいた男たちと雰囲気が似ている。


「おれたちゃ賞金稼ぎだったのさ。暴れてる魔物を倒して、ギルドから金をもらってた。ところがよ。魔物がいなくなっちまったんだよ。賞金首の制度がなくなっちまった」


 つまり、魔物を狩って生計を立てていた元賞金稼ぎが、山賊に身をやつしたということだ。

 国営ギルドは、比較的被害の少ない魔物を選んで賞金をかけ、冒険者や傭兵に協力を求めていた。騎士団の手が回らないからだ。賞金は国庫から出していたが、魔王軍との戦いが終わったおかげで、賞金に使っていた予算を復興や福祉に割けるようになった。


「魔王を倒すなんて、余計なことしやがって」


 男の言葉の意味がわからなかった。頭が理解を拒んでいる。代わりに、廃墟と化した王都の南地区がよぎった。旅で目にした、魔物の恐怖に怯える町がよぎった。田畑を焼かれ、飢えに喘ぐ村がよぎった。


「平和な世は、いらないと言うのですか」

「あ?」

「あなた方は、誰もが恐怖に怯えて暮らす世界の方がいいと言うのですか」

「他の奴のことなんかどうでもいい。おれたちゃ仕事がなくなったんだよ。平和なんて知るか」

「魔物と戦えるだけの力があるなら、まっとうに生きられるはずでしょう。なぜ自ら悪に堕ちるのですか。今だって、ギルドに行けばいくらでも仕事があります。復興の人足はいつも足りていません。斡旋を受けて……」

「あんなはした金じゃやってらんねえよ」

「復興が進めば国は再び潤います。あなた方の暮らしもよくなります。どうして協力しようと思わないのですか」

「お嬢さんよぉ……」


 背後にいた、痩せた男が口を開く。


「国のためとか、復興のためとかよぉ、どうしておれたちが他人のためによぉ、働かなきゃなんねえんだ? 家も飯もくれねえ奴らのためになんてよぉ。働きたくねえよぉ。持ってる奴から奪った方が早えだろぉ」

「え……」


 男たちは頷き合っている――私には、彼らが何を言っているのか理解できない。


「そういうわけでな、お嬢さん」


 再びリーダー格の男が喋り出す。


「おれたちゃ、これから都に行って、どでかい仕事をやるんでな。土産になってもらおうか」


 山賊たちは武器を構えた。

 生きることは、誰かを助け、誰かに助けられることの連続だ。誰もがそうやって生きている。それなのに彼らは、ただ奪うだけ――もはや人の生き様ではない。


「わかりました」

「聞き分けがいいじゃねえか。なら……」


 にじり寄る男たちを、私は軽蔑の目で睨みつけた。


「あなた方は、けだもの以下です」


 鞘に収まったままのエスペランサを手にして、力を込める。


「成敗!」


 腰を落とし、360度に回転斬りを放つ。私を取り囲もうとしていた男たちは剣から発せられた衝撃波をもろに受け、断崖に全身を叩きつけられて、地面にぼとりと落ちた。さらに、衝突で岩壁が砕け、降り注いだ岩の破片が彼らの体を押しつぶして埋めた。

 これで、彼らはしばらく動けないだろう。王都に戻ったら、山賊たちを捕まえるよう騎士団に要請しなければ。


 エスペランサを腰に収め、再び北へ歩きながら思う。

 昨日、ビルは、トトが付近の山賊を全滅させたと話していなかったか。もしや、ビルの話は嘘なのだろうか。

 山賊も、アンも、ビルも、我がブレンディエ王国を憎んでいるのだろうか。貧しさが、彼らを追い詰めるのだろうか。魔王軍との戦いで国は疲弊し、誰もが以前より苦しい生活を強いられた。だからこそ、王都の人々は協力し合って豊かさを取り戻そうとしている。鍛冶錬鉄科のマスターは、仕事が減った一方で、武器を作らなくてよくなったと喜んでいた。戦いに身を置かなくなった騎士たちも、国内の治安の回復や、国を支える魔道機構の点検や修理に忙しい。

 私は仲間と共に魔王を倒した。けれどそれは、最も大きな障害を除いただけ。そこから国を豊かにするには、民の協力が絶対に必要だ。

 それなのに――


「みなで手を取り合ってほしいのに、どうして争うの……」


 分厚い灰色の雲が空を覆っている。

 帰還の足取りは、どうしても重かった。

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